【仙台市 人×街インタビュー】地域密着型のプロバスケチーム「仙台89ERS」 

2017.08.18

仙台89ERS球団代表 中村彰久氏

仙台89ERS球団代表 中村彰久氏

(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 仙台スポーツリンク(その後、仙台89ERSに社名変更)は、仙台市をホームタウンとするプロバスケットボールチーム「仙台89ERS(エイティナイナーズ)」の運営主体だ。中村彰久さんが会社を設立したのは、33歳の時。2005年のbjリーグ立ち上げにも深くかかわってきた。
 日本の男子バスケットボールは、これまでプロリーグのbjリーグともう1つのリーグが並立する状態が続いていたが、ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(JPBL)に統合され、2016年秋から新リーグ(Bリーグ)がスタートする。Bリーグは1 部、2部、地域リーグの3部構成だが、bjリーグの発足から活躍してきた仙台89ERSは1部参入が決まっている。
 10月3日からbjリーグとして最後の11シーズン目が始まっているが、リーグの立ち上げからかかわってきた中村さんとしては、「bjリーグの発展的解消なのですが、複雑な心境ですね」。「Bリーグになると何が変わるのか」という質問に、「仕組みは違ってきますが、チームのあり方は変わらないと思います」。チームのあり方というのは「地域密着型」ということだ。
 仙台には野球の東北楽天ゴールデンイーグルス、サッカーのベガルタ仙台、バスケットボールの仙台89ERSと3つの主なプロスポーツチームが拠点を置いているが、実は運営規模が違う。大雑把に言えばプロ野球は100億円超、サッカーは20億円超、バスケットは3億円超。バスケットはアリーナも小さくて済むし、より小規模でもプロチームが運営できるのだ。秋田、岩手にbjリーグのチームがあるのもそうした理由だ。当然、仙台89ERSを支えてくれるスポンサーも地元商店から全国規模の企業までさまざま。2005年のスタート時は8社のオフィシャルスポンサーでスタートした仙台89ERSも、昨年は78社と順調にその数を増やしてきた。それだけでなく、ボランティアのサポートによるチーム運営、選手のバスケットボールクリニック、89ERSチアーズのイベント参加などさまざまな地域活動を行ってきた。
南三陸町でのバスケットボールクリニック(左) ホームゲームのタイムアウトに高校・大学のチアリーディング部が登場(右)

南三陸町でのバスケットボールクリニック(左) ホームゲームのタイムアウトに高校・大学のチアリーディング部が登場(右)

 「私見ですが、宮城県はスポーツボランティアが日本で一番根付いていると思います」と中村さんは言う。仙台89ERSのボランティアの登録者数は2014—2015年で155人。ホームゲームでは、チケットのもぎりから会場案内、ゴミの分別回収の案内などに1 試合平均40人が協力してくれている。
 仙台89ERSの地域貢献活動としては、まず、ホームゲームの試合開始前には小、中学生によるエキシビションゲームを年10回行っている。野球やサッカーではグランドが荒れるため難しいが、バスケットだからできる。出場する小、中学生は、プロ選手と同じように仙台89ERSのホームゲームMCが紹介してくれる。また、大学や高校のチアリーディング部やダンス部を対象に、タイムアウトにパフォーマンスを披露する機会を設けている。アリーナの外では、89ERS チアーズが幼稚園や保育園を対象にダンス教室を開催したり、選手による学校訪問、バスケットボール教室も行っている。こうした地域活動は、大小合わせると年間200回以上行われている。数多くの地域活動を行っていくために、仙台スポーツリンクでは2 年前から地域活動担当の職員を置いている。「ほかのチームではないと思いますね。仙台89ERS が地域にとってなくてはならない存在であることが一番大事なんです。」
 中村さん自身も仙台市の出身で、小学生の頃からバスケット一筋。仙台二高の時は全国4位、東大4年の時はキャプテン、同大学院生の時にコーチとして東大を3部から2部に引き上げた。アメリカへのコーチ留学や東京海上火災のヘッドコーチをへて、バスケットボールのプロリーグ創設へ。当然、苦労の連続だった。bjリーグではファンを“チームを後押しする”という意味で「ブースター」と呼ぶが、苦しかった設立時も今も、チームを支えてくれたのがブースターだった。「バスケは選手のいるコートと観客の距離が近く、一体感を感じられるスポーツです。でも野球やサッカーほど仙台では根付いていない」。B リーグのスタートは、それを変える大きなチャンスだ。
記事作成:2015 October

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