【秋田市 人×街インタビュー編】人口減少日本一の秋田を変えるのは「よそ者、若者、バカ者!?」 秋田ノーザンハピネッツ

2017.08.18

 秋田県初のプロスポーツチーム「秋田ノーザンハピネッツ」が設立されたのは2009年。その頃プロスポーツチームのない県は全国で10県くらいしかなかった。設立の中心になったのが当時26歳だった水野勇気氏。最年少の球団社長として話題になったが、設立までの経緯は決して平坦ではなかった。
 水野氏の生まれは東京都杉並区。高校卒業後、スポーツマネジメントを学ぶためアメリカのシアトルの大学に留学した。しかし、家庭の事情で1年後に帰国することに。帰国後は働きながら再留学の機会を探った。そんな中で目に止まったのが秋田市内にある国際教養大学(AIU)の1期生募集だった。AIUには交換留学制度がある。2006年、大学3年の時にオーストラリアのブリスベンにあるグリフィス大学に留学し、スポーツマネジメントを学んだ。オーストラリアは人口約2300万人だがプロスポーツ大国で、クリケットやオージー・フットボール、ラグビー、サッカー、バスケットボールと、ある程度の大きな街にはプロスポーツチームがほとんどある。日常の会話に地元のプロスポーツチームの話が出てくるのだ。
 実は、水野氏がオーストラリアに行く前年から日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)がスタートし、参加チームを公募していた。bjリーグが掲げていたのは「地域密着」と「スポーツエンターテインメント」。シアトルやオーストラリアで体験したスポーツを観る楽しさを標榜していた。秋田といえば高校バスケット界の名門・能代工業高校がある県だ。「バスケ王国秋田」にプロバスケットボールチームがない方がおかしい。「帰国したらチームを立ち上げる活動をやろう」、そう決心した。
 帰国後、首都圏で決まっていた就職先の内定を辞退し、2008年6月、学生時代からの僚友と2人で「秋田プロバスケットボールチームをつくる会」発足。秋田駅前で署名活動を始めた。同時に事業計画書を作成し、資金提供の可能性がある企業を訪ねて回った。地方都市にはいろいろなしがらみがあり、それを無視して仕事はできない。そんな中で最初に応援を表明してくれた企業に共通していたのは、「人口減少」「超少子高齢化」など問題山積みの秋田をバスケットボールで活性化しようという水野氏の熱意への共感だった。「当時は若かったし、地域のしがらみもまだよくわからなかった。『地域を変えるのは、よそ者、若者、バカ者』と言いますが、それが逆に強みになった」。2009年1月に運営会社「秋田プロバスケットボールクラブ株式会社」を設立。5月には「秋田ノーザンハピネッツ」のbjリーグ新規参入が決定した。
秋田ノーザンハピネッツのホームになっている「CNAアリーナ★あきた(市立体育館)」

秋田ノーザンハピネッツのホームになっている「CNAアリーナ★あきた(市立体育館)」

設立当初、チームの成績はふるわなかった。しかし、会場動員率は全チームで常に上位に位置していた。「秋田の人たちは口に出しては言いませんが、秋田のことがみんな好きなんです」。今まで秋田の人たちにとってプロスポーツは“スポーツニュースで見るもの”だった。それが地元を背負ったチームができることによって、その気持ちを公に表現できる“場”ができたのだ。
 ブースター(ファン)の年齢層も幅広い。高齢化率の高い秋田では当然高齢者も多い。ところが、会場となる体育館はバリアフリーの概念がない時代に作られたものがほとんどで、段差や階段だけでなく、音響やトイレの数、駐車場もスポーツを見る人のためには考えられていない。「だから、観る人たちを考えたアリーナがどうしても欲しい」と水野氏は言う。
 秋田で開催される試合前には、必ず全員で秋田県民歌を歌う。地元に誇りを持ってもらいたいと設立1年目から始めたものだ。「『秋田には未来がない』と言われて育ったら、誰だって出て行きたくなる。一度秋田を出ることはいいことだと思うのです。また戻ってくればいいだけですから。そのためには、必ず戻ってきたくなるようなところに秋田をすることが大事なんです」。
 今年からファンクラブに「ふるさと会員」を新設した。「ふるさと納税」と同じように、秋田の特産品がもらえる特典付きだ。秋田から出て行く人が多いということは、全国に秋田出身の人たちがたくさんいることでもある。首都圏には秋田出身者や秋田に関わりのある人が100万人いるとも言われている。そういう「秋田ファン」を「ハピネッツファン」にしていく。これまでのbjリーグの7年間で「熱いブースターがいるチーム」という認知は得られたが、Bリーグになった今年からはその評価を全国に広げ、「バスケと言ったらハピネッツ」と言われるような存在感のあるクラブチームにしていきたい。その土壌は「バスケ王国秋田」には絶対あるし、それが秋田の活性化につながると信じている。
球団社長の水野勇気氏(33)

球団社長の水野勇気氏(33)

(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

記事作成:2016 November

RELARED TAGS
関連するタグ

RELATED ARTICLES
関連する記事

【秋田市 人×街インタビュー編】グローバルな人材を育てる大学がなぜ地域貢献なのか 国際教養大学

2004 年4 月開学の国際教養大学(AIU)は、授業はすべて英語、入学後1年間の寮生活と1年間の留学が必須とグローバルな人材を育成する大学として全国でも人気が高い大学だ。学生の8割は県外出身者。ほぼすべての都道府県から集まっていて、海外からの留学生も多い。そのAIU が開学以来一貫して取り組んできたのが大学の特性を生かした地域貢献活動だ。

2017.08.18

【武蔵小杉 人×街インタビュー編】新旧住民、さまざまな思いのまとめ役 「NPO法人 小杉駅周辺エリアマネジメント」

2004 年に再開発が始まった武蔵小杉駅南口は、もともと工場やグラウンド跡地で居住者はほとんどいなかった。ただ、埋立地につくられた豊洲などとは違い、周辺には昔からの商店街、町内会(町会)がある。新しくできるタワーマンションは9 棟5000 戸。一町会で受け入れられる大きさではない。そこで川崎市主導でつくられたのがNPO 法人小杉駅周辺エリアマネジメント(通称エリマネ)だ。

2017.11.27

【仙台市 人×街インタビュー】商店主が“伊達”を競い合う仙台七夕まつりを支える紙問屋『鳴海屋紙商事』

東北三大まつりの一つ仙台七夕まつりは毎年8月6日から8日の3日間行われ、200万人以上の観光客が訪れる。期間中は市内各地に大小合わせ3000本の飾り付けが行われるが、市の中心の商店街に飾られる1500本の七夕飾りの3分の2にかかわり、仙台七夕まつりを陰で支えているのが鳴海屋紙商事だ。

2017.08.18