日本人はなぜ商品の品質に厳しいのか

2017.09.19

中央大学商学部 教授 三浦 俊彦 氏

中央大学商学部 教授 三浦 俊彦 氏

1958年京都府出身。86年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程中退。86年中央大学商学部助手。90年同助教授。95年コロンビア大学ビジネススクール客員研究員。96年ESCP(パリ高等商科大学)客員教授。99年より現職。主な著作に『マーケティング戦略論』(共著・芙蓉書房)、『スロースタイル』(共著・新評論)などがある。
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 日本の消費者は、世界で最も商品の選択基準が厳しいと言われている。購入した商品に少しでも傷があればクレームが入り、食品にも常に鮮度が求められる。その一方で、流行に乗りやすく、移り気でもある。バナナがダイエットにいいと聞けばスーパーの売り場が空になり、銀座に新しいショップができれば入店2時間待ちも厭いとわない。こうした日本の消費者特性をグローバルな視点から研究しているのが中央大学商学部の三浦俊彦教授だ。日本の消費者の特性とその攻略方法を探った。

国によって違う消費者特性

―― 日本の消費者特性に興味を持ったきっかけというのは何ですか。

 95年から2年間、ニューヨークとパリで研究する機会があったのですが、社会の価値観や消費者行動がまるで違うと実感したことですね。
 例えば、日本ではテレビ番組でヌードシーンが時々出てくることがありますが、アメリカはそのへんが非常に厳格で、子供が見るようなメディアでは絶対にそういうことはない。その代わり、有料チャンネルでは性的表現に制限がありません。
 一方、フランスでは、テレビCMにもヌードが出てくることがあります。ラテン系のフランスとアングロサクソン系のアメリカの違いなのかもしれませんが、国によって性的表現に対する寛容度も大分違います。
 アメリカとフランスに行った2年間というのは、丁度子供が生まれて、家族3人での海外生活だったのですが、例えばベビーフードでも、日本だったらそれこそ舌平目のクリームソースまでいろいろな種類が過剰すぎるほど出ている。ところが、アメリカは日本ほど商品のバリエーションがない。フランスはさらに少ないんですね。子供の靴も日本ならビニール靴から革靴までいろいろな種類がありますが、フランスでは1、2歳の頃から革靴だけなんです。

―― 子供の足が大きくなったら、また買い替えるわけですか。

 革靴は伸びますから、その方が子供の成長のためにはいいという考え方なんです。そこには、靴の文化の長いフランスと日本との違いはあるかもしれませんが、日本の消費者は商品のバリエーションが多くないと満足しないというのは確かで、その違いはどこから来ているのか、それを探ってみようと思ったんです。
 よく広告会社が「今年の消費トレンド」と称して、その年のキーワードを発表しますが、国による消費者特性の差に比べたら、それは本当に小さい差なんですね。

―― 消費者特性というのは、消費の成熟度と関係する気がしますが。

 例えば、中国と比較する場合は、そういうことも考慮する必要があるでしょうが、 フランスもアメリカも先進国で、市場も成熟している。しかし、例えば商品の多様性ということでみても、フランスが最も低くて、アメリカはその中間という感じです。もちろん、1人当たりのGDPを見れば何が売れるかわかるという部分もありますが、それを抜きにしても、国によって消費者特性には差があると思いますね。

日本の消費者の特性

―― そういう日本の消費者特性とは、どういう点にあるのでしょうか。

 昔から言われていることですが、まず「商品選択基準が厳しい」ということがあります。20年前に書かれたマーケティングの本にも、P&Gが紙おむつの新製品テストを日本でやるのは日本の主婦が一番厳しい消費者だからだという話が出てきます。日本の主婦に受け入れられる製品なら世界中で売れる。日本の消費者は、それぐらい商品選択基準に厳しい消費者なのです。

―― 具体的にいうと、どういう点が厳しいのでしょうか。

 まず、製品のちょっとした傷でもすぐクレームをつけるということがあります。セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長は中央大学の出身で、この間まで大学の理事長もされていたのですが、鈴木氏は、日本の消費者はジャケットのボタンホールのかがりが少しずれているだけで、「不良品だ」と言って返品すると言っていますね。
 欧米のGMSの日本進出が話題になった7、8年前にも、鈴木氏は「外資は日本では成功しない」と予想していました。
 実はイトーヨーカ堂は10年ちょっと前に一度ウォルマートと提携したことがあって、アメリカで売っているプライベートブランドを日本に持ってきて売ろうとしたことがあったんですね。
 わかりやすい例で言うと、その中に写真立てがあったのですが、安くて、デザインもそれほど悪くない。ところが、裏側がホッチキスで止めてあって、針がそのまま出ていた。日本の製品だったら、その上にシールを貼って隠すのが常識ですが、アメリカ人に言わせると、裏は見えないからいいだろうということなんです。でも、日本の消費者は、そういう細かいところまで気にする。ウォルマートのプライベートブランドは全然売れなかったんですね。
 また、輸入車の代理店も他の国なら販売だけでいいのでしょうが、日本の場合は、例えばベンツだったらドアが閉るときにいい音がするように再調整するとか、細かい傷まで徹底的に直さないと売れないと言われています。
 2 つ目の特色は、新しいものが好きだということです。食品に鮮度を求めるということもそうですし、新製品やお店ができれば、とりあえず関心を示すということがあります。
 「GAP」「ZARA」に続いて、売上高世界3位のスウェーデンの衣料品ブランド「H&M」が今年9月に銀座に1号店をオープンしましたが、はたしてどうなるかですね。最初は行ってみようということで、お客さんは詰めかけます。日本の消費者は新しいものが好きなので、すぐ飛びつくのですが、別の店ができれば、それにまた飛びつくところがある。だから、H&Mの成功は、絶えず新しいものを出し続けられるかにかかっていると思いますね。
 新しさというのは製品に限ったことではなく、店舗にも言えます。同じ銀座にあるソニープラザは07年3月に店名を「プラザ」に変えましたが、2週間おきにテーマを変えて、店内を模様替えしてプロモーション展開をしています。商品がいいというのは当たり前で、目新しさも常に求められるのが日本の市場なんですね。
 3つ目は、先ほど言った多様な商品バリエーションを好むという特徴です。品数が多くないと日本人は満足しないところがあるんですね。
 4 つ目は、ブランド志向が強いということです。ルイ・ヴィトンやグッチがいい例です。モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン・グループ(LVMH)のファッション部門の国別売上高シェアを見ると、日本は06年26%、ユーロ高になった07年は縮小しましたが、それでも22%を占めています。
 最近は中国がこうしたブランド市場として急成長してきて、日本では一目でわかる『マス・ラグジュアリ(大衆的なぜいたく品)』から距離をおこうとする人たちも出てきたと言われていますが、全体的には「ブランド志向」が強いと言えると思いますね。
 5 つ目は流行志向です。新しもの好きとも関連しますが、人気のお店もあっという間に変わります。
 そういったところが、日本の消費者の特徴だと思いますね。

選択の多様性と規範のなさ

―― 商品選択基準が厳しいのに、ブランドが好きで、流行にも乗りやすい。日本の消費者の行動は、矛盾しているようにも思えますが。

 日本の消費者は製品の品質に細かいところまでこだわるタフさ(厳しさ)とブランド品にすぐ飛びつくようなイージーさの両面を持っています。 確かに一見矛盾しています。しかし、矛盾したように見える消費者特性も整理して考えると3つぐらいの要因から出てきていると思います(表1)。
 まず、選択肢が多くないと満足しないという消費者の特性は、ブランド好きと同じ要因から生じている気がします。それは、商品選択に「規範がない」ということです。
 フランスの裕福な家庭の大学生に話を聞くと、バッグでも若い人のブランド、年配の人のブランドとはっきりしていると言うんですね。ヴィトンのバッグは若い人は買わない。それに対して、日本の場合は、大学生や高校生までがヴィトンのバッグを持っていたりする。
 明治維新の時に「和魂洋才」、和の心を忘れずに西洋の知識を取り入れるということが言われましたが、実は平安時代には菅原道真が「和魂漢才」ということを言っていました。当時の先進国だった中国から文化を積極的に取り入れようとした。そういう何でも取り入れようという伝統が日本には昔からあります。
 八百万(やおよろず)の神がいる国ですから、クリスマスもやれば、最近はハロウィンもやる、大晦日にはお寺に行き、年が明ければ神社に行く。料理も和洋中、エスニック、何でも食べる。いろんなものを取り込むのが日本の伝統で、評論家の加藤周一氏はこれを「日本文化の雑種性」と呼んでいます。

―― 社会的規範に対する意識は、国によってそれほど違うものなのでしょうか。

 これまで私が調査したことのあるアメリカ、フランス、中国では、明らかに社会の規範がしっかりとあります。
 フランスの母親は、電車の中で子どもがうるさくしていたら、「公共の乗り物でうるさくしてはいけない」というしかり方をしますが、日本の母親は「あそこのおじさんが睨にらんでいるよ。だからおとなしくしなさい」というしかり方をします。ダメなものはダメ、悪いものは悪いと理屈抜きにしかるのがフランスです。
 また、私のかかわった調査ではありませんが、日米中の高校生を対象に行った「親に反抗すること」をどう思うかという調査があるのですが、日本は8割が「本人の自由で反抗してよい」という答えです(図1)。逆に、中国とアメリカの8割は「反抗してはならない」という答えなんですね。アメリカも中国も社会的規範がしっかりしています。
 それから、「生徒が先生を殴ることは良いか悪いか」という質問に、アメリカ人の8割近くが良くないことだと答えているのに対し、日本の場合は「事情を知りたい」という回答が一番多かった。先生を殴ったのには何か事情があるはずだと考えるのが日本人なんですね。
 社会的規範がしっかりしていることが良いか悪いかは別の議論ですが、日本はその場の状況を判断し、可能性を考えている。そういう意味では日本は自由なんですね。
 規範がないということは、なんでもOKだということです。一点豪華主義もヨーロッパの常識から見ればおかしいことかもしれませんが、日本の消費者には、そういうこだわりがない。それは何でも買う可能性があるということにもつながります。逆に言えば、いろいろな商品を提供しないと満足しない消費者ですから、企業にとっては非常にむずかしい消費者でもあるんですね。

商品選択の厳しさは美意識から

―― 商品選択に規範がないのに、商品選択基準が厳しいというのは、どう考えればいいのでしょう。

 商品選択には感情型購買行動と思考型購買行動があると言われていますが、日本の消費者の場合は購買プロセスの段階で行動が違っているからだと思います。
 どういうことかというと、ブランド品や流行にすぐ飛びつくというのは、「購買意思決定以前」の話で、その時点では感情型購買行動をとるが、「購買意思決定時」になると素材や仕上げのよさなど思考型購買行動が出てくるということだと思うのです。商品選択基準の厳しさが発現するのは、購入を決める時だということですね。

―― 商品をあれこれ選ぶ時と、実際に買う時では判断基準が違うということですか。

 そうです。実際に買う時になると、小さな傷にもうるさいのが日本の消費者です。その要因は、「清浄」という日本の美的価値観にあると思うんですね。
 「清浄」と反対の言葉が「穢けがれ」です。清いものはよくて、汚れたものはよくないという考え方が日本には昔からあります。新しいもの、生まれたばかりのもの、罪がないことも全部「清いもの」で、死んだもの、汚いものも、悪いことも全部「穢れたもの」という意識が、日本人にはあります。
 哲学者の梅原猛氏は『固有神道覚え書き』という著作の中で、ヨーロッパの価値は真善美であり、その最高価値が聖だが、日本はそれらを「清浄」という美的価値観が包含していると言っています。日本人にとっては、真実や善であることよりも清浄であることのほうが大事なんですね。
 「穢れ」は平安末期の律令制度の法令集『延喜式』に出てきますが、罪の概念と密接に結びついています。「水に流す」という言葉がありますが、悪いことをしても、それを水に流せばきれいになれるという考えは、そこから出てきているんですね。
 この「清浄」を尊ぶという美的価値観が商品選択にも現れて、商品がちょっとでも汚れていたらダメ、服のステッチがちょっとずれていたらクレームをつけるという商品選択に厳しい消費者を生んでいるのだと思います。
 シンガポールでブルドーザーを売っている日本企業の話ですが、納入した新しいブルドーザーに傷があるとクレームをつけてくるのは、必ず日本企業だと言うんですね。現地の企業は多少傷があっても文句を言わない。自分の車ならまだ理解できますが、そういうところにも「清浄」を尊ぶ日本人の意識が出てくるんですね。
 日本の食品スーパーの関係者が、ある外資系GMSが日本に進出する前に「日本でやっていくのは厳しい」と予想していましたが、その理由は鮮度管理だったんです。日本のスーパーでは生鮮食品の鮮度が落ちてきそうになったらタイムサービスで全部売り切るなど、徹底した鮮度管理をやっています。そのGMSは、そこまでやっていないということから、日本での失敗を予想していたんですね。
 また、日本の消費者が新製品好きなのも、新しいものには穢れがないという意識から出てきています。丸の内ブランドフォーラムを主宰している片平秀貴氏が東京大学の教授だった頃ですから、10年くらい前になると思いますが、イギリスの学者とある新車についての共同研究を行っています。日本は「デザインがいい」「新鮮さを感じる」などプラスの評価が高かったのですが、イギリスでは何度やっても、新車のポジティブな評価が出てこない。それで深く調べていったら、新車に対してイギリス人は「経験不足」「青二才」というイメージがあって、かえって新車は評価されないことがわかったのです。
 日本の車は4年に1度フルモデルチェンジして、2年に1度マイナーチェンジすると言われていますが、アメリカではフルモデルチェンジは6年に1度、ヨーロッパは8年に1度程度です。そういうところにも、日本の消費者の新製品好きという傾向が出ていると思います。日本の消費者を満足させるには、絶えず新しい製品を出し続ける必要があるということなんです。

集団主義から生まれる流行

――流行志向が強いという日本の消費者の特性ですが、これはどういう要因からなのでしょう。

 日本の消費者に流行志向が強い要因の1つには、先ほどの規範のなさとも関連しますが、感情型購買行動が多いということがあると思います。客観的判断基準なしに感覚やセンスで商品を選択しがちだということです。
 もう1つは、他人の影響を受けやすいという日本人の「集団主義」も要因になっていると思います。ほかの人が買っていると「私も買わなきゃ」という意識になりやすいんですね。
 日本人が集団主義であるという指摘は、ベネディクトが48年に『菊と刀』で提出した「恥」の概念に始まって、「タテ社会」「イエ社会」などいろいろな人が、さまざまな角度から指摘しています(図2)。
 この集団主義には2つの側面があると思うんです。1つは周りに合わせるということです。滅めっ私し 奉ぼう公こうして家のために尽くす、会社のために頑張るという側面がある。2 つ目は、社会学者の土居健郎氏が『甘えの構造』で指摘した周囲に甘えるという側面です。前者は、ほかの人に合わせるという購買行動を生み、後者はほかの人と同じ購買行動をとれば安心という心理を生んでいると思うんですね。
 選択肢の多様性を好むのが日本の消費特性の1つだと先ほど言いましたが、そこにほかの人と同じ行動をとる集団主義が働くとどういうことになるかというと、「流行がめまぐるしく変わる」ということが起こるわけです。誰かがデザインのちょっと違うものを買う。すると、それを見た人は、「私も」となりがちです。

―― 集団意識はそれほど日本の消費者に特徴的なものなのですか。

 例えば「私たちの生活にとってこれからの情報社会はプラスになるか」という質問に対して、日本人ならほぼ全員肯定的に答えると思うのですが、フランスでは「そう思わない」という人が2割くらいいます。どんな設問にも、そういう人たちがいるんですね。フランス人は、自分に合うデザインや色といった意識をしっかり持っている人が多い気がします。
 中国の場合は、「関係主義」です。早稲田大学の園田茂人教授がアジア的な人間関係を説明するために作った言葉ですが、自分の関係ある人のことを考えて行動することを「関係主義」と言います。
 中国では、自分のおじさんのためとか、親しい友人のためには努力しますが、会社のために滅私奉公するという考えはあまりしません。単純な個人主義でもなく、かといって集団主義でもない。製品にも日本人ほど多様性は求めないし、他人の影響も日本人ほどには受けません。欧米と日本の中間ぐらいの感じです。日本の消費者の集団主義というのは、そうした国とは明らかに違う特徴だと思います。

経験と情報を手にした消費者

―― そういう日本の消費者特性というのは、いつ頃から顕在化したのでしょうか。

 今まで見てきたように、元々、品質にうるさいとか、流行に左右されやすい素質はあったのですが、それが目に見える形になってきたのは50年代後半から始まった高度成長期を経て80年前後、日本が低成長期に入って成熟社会になってからだと思いますね。
 その大きな要因には、企業と消費者の情報格差がなくなったことがあると思います。消費に関する情報量は高度成長期には完全に企業優位でしたが、80年以降の低成長期になると少しずつ状況が変わってきます。生活も豊かになり、人々はさまざまな消費経験を積んでいきます。しかし、この時点でも消費に関する情報量は、企業の方が多く持っていたと思います。
 それが今世紀に入ってインターネットが急速に発展し、企業と消費者の持っている情報量にほとんど差がなくなってきて、場合によっては消費者の方がより多くの情報を持っているものも出てきた。「情報の非対称性」がなくなったんですね。
 01年にスティグリッツ、アカロフ、スペンスの3人が「非対称性の理論」でノーベル経済学賞を受賞しているのですが、この問題は時代のキーワードだと言えます。元々経済学は、完全情報・完全競争、つまり企業と消費者双方が何でも知っているという前提で作られていました。消費者はどの商品がどこで売られているか、一番安いところはどこかも知っている。企業も原材料の入手はどこが一番安いかもわかっていれば、消費者のニーズも完全にわかっている。そういう前提で作られたのが、これまでの経済学です。それはおかしいというので考えられたのが「非対称性の理論」なんですね。
 事故米不正転売問題も、自動車の欠陥隠しも、情報の非対称性があるから起こるわけですが、最近は企業が故意に情報を隠いん蔽ぺいしようとしても、内部告発で表面化するようになってきました。また、商品情報やそれを実際に使った感想も、商品比較サイトや個人のブログを見ればものすごい情報量が得られる時代になっています。
 最近の消費者は消費経験だけでなく知識も高度化しています。以前は銀座のフランス料理店に行ってワインの値段に驚いていた消費者が、最近はパリの三つ星レストランに行って「なんでこのワインないの?」と言えるまでになった。企業と消費者の情報格差がなくなったと言うのが、今だと思います。
 豊かな消費経験と情報、高度な知識を身につけた商品の品質に厳しいタフな消費者、しかも流行に対してイージーで、それがめまぐるしく変わる。それが今の日本の消費者だと思いますね。

感情型属性志向の強い日本

―― 先ほど購買意思決定時は、日本の消費者は思考型購買行動をとると言われましたが、もう少し詳しく説明してもらえますか。

 商品の細かい傷を見て購入を判断するということでは思考型ですが、それが古来からの日本人の美意識からきていますから、ある意味感情型とも言えますね。商品の過剰包装も、そういう美意識から出てきていると思います。
 「FCBグリット」(図3)という広告のモデルがあります。商品を思考型属性志向と感情型属性志向、商品に対する関与度の高低の2軸で分けて戦略を立てていこうという考え方です。横軸に思考型−感情型、縦軸に高関与−低関与の軸を設けて製品を4つに分けるんですね。
 一般的に、高額商品でスペックなどの検討を要する車や家電は、思考型属性志向の高関与製品です。ファッションや化粧品も高関与製品ですが、デザインや色が重視される感情型属性志向の製品です。思考型製品と感情型製品では消費者行動が異なるので違った広告戦略をとれ、ということなんですね。
 ただ、車でも燃費で売るときは思考型ですが、デザインや色で売るときは感情型のアプローチが必要になります。化粧品でも、例えばUVカットのスキンケア製品なら思考型アプローチが有効になります。
 この思考型属性志向、感情型属性志向という考え方で世界10地域の消費者意識を比較した調査があります(図4)。アサツー ディ・ケイが10年ほど前に行ったものです。この調査では台湾が極端に感情型属性志向が強いという結果になっていますが、それに次いで感情型なのが日本です。逆に、思考型属性志向が強いのはドイツ、次いでイギリスです。

―― ドイツが思考型というのは、納得できますね。

 ただ、面白いのは、品質に厳しいという点では、日本もドイツの消費者も共通なんです。日本の場合は、それが合理性ではなく美意識に根ざしているという違いがあるんですね。
 ここで重要なことは、感情型属性志向が強い場合は、色やデザインが商品選択の大きな要因になることです。色やデザインは好みの問題ですから、非常に変化しやすい。逆に言うと、目先を変えれば消費者は注目してくれるので、企業は簡単に新しい製品を提案できる面もある。消費者も新しい製品を求め、企業も対応しやすいということで、新製品がどんどん出てくるわけですね。

タフな消費者への対応

―― そういう手強い日本の消費者に企業はどう対処すればいいのでしょうか。

 これまで述べてきた日本の消費者特性は、過去いろいろな角度から研究されてきましたが、それを整理して消費者の購買行動全体から見直すということはあまりなかったと思います。企業も、経験的に製品の多様化や新製品の開発に取り組んできたと思うのですが、今まで見てきたように他の国と比較した日本の消費者特性という視点から見直せば、新たなヒントも見えてくると思います。
 そこで大事なのは、やはり共時的な視点と通時的な視点の両方を見ることです。規範のなさや「清浄」に対する美意識は時代を通じて共通の価値観だと思いますが、同時に消費経験や知識が高度化し、商品に対する要求も厳しくなっている。その両方を見るということですね。
 もう1つは、ニーズ対応とコンセプト提案の統合が大事だと思うんです。

――具体的には、どういうことですか。

 ニーズ対応の成功例と言われているのが、CVSのセブンイレブンです。消費者が欲しいものを欲しいときに欲しいだけ提供することで成功したと言われています。
 その対極にあるのが、コンセプト提案です。数年前に任天堂に直接聞いたのですが、ゲームを作る時に消費者調査をしないということを言っていました。ゲームの面白さは自分たちが一番知っているから、というのが理由です。ソニーのバイオの開発も、あまり消費者調査をせずに行われたと聞いています。
 しかし、実際はセブンイレブンも店舗の個性を出すために総菜や弁当を含めると50%以上はオリジナル商品で構成されています。ゲームやパソコンも作る側の発想が大事だと言いながら、市場に出す前にはそのための調査やチェックをしているわけです。
 企業の技術レベルが最近はどこも高くなっていますから、基本的なニーズ対応することは各社できてしまう。その上を行く製品をどう作っていくかがポイントになっているんですね。

―― 商品やサービスによって、コンセプト提案の重要性は変わるような気がしますが。

 ゲームの場合は、いくら消費者にどんなゲームがいいか聞いても売れる製品はできないと言いますね。その逆に、基礎的な製品の場合には、使い勝手などのニーズに対応することが重要になります。
 ただ以前、花王のトップに聞いた話ですが、基礎的な商品でも今はニーズ対応だけでは難しくなってきているらしいのです。花王は、「エコーシステム」という電話やハガキ、メールなどで寄せられた顧客の声をデータベース化したシステムを持っていて、製品開発に生かしています。しかし、それは既存製品の改良には役立つが、それだけでは売れる新製品はできないということなんです。どういう業種でも、ニーズ対応とコンセプト提案の両面が必要だと思いますね。

アンサティスファクションへの対応

―― ニーズだけでなく、消費者の潜在欲求にどう応えるかが重要になっているということですか。

 そういう言い方もできます。今の消費者には、自分のニーズがわからなくて、商品にそこそこ満足しているところがあります。消費者に「何が不満ですか」と聞いても自覚的ではなくて、「でも、もっといいものがあったら買う」という人がほとんどです。
 高度成長期に「あなたは現在の生活に満足してますか」と5段階尺度で聞いたら、おそらく「あまり満足していない」が多かったと思います。隣の家には車があるけど、うちにはないという状況でした。ところが、今はみんな「だいたい満足している」と答えるはずです。
 法政大学大学院の嶋口充輝教授は、高度成長期の消費者は生活に対して「ディスサティスファクション(不満)」だったが、今は「アンサティスファクション(満足でない)」状態だと言っています。車を持っていても、もっといい車があるのではないかと思う。デジカメを持っていても、さらにいいデジカメがあるはずだと思う。やや不満な人を満足させるのはたやすいですが、やや満足な人を満足させるのは非常に難しいことです。
 ニーズ対応とコンセプト提案のほかに、こうした状況に対応するアプローチとしては、「カスタマー・コンピタンス」という考え方があります。コア・コンピタンスを提唱したプラハラードが提示した概念ですが、顧客を取り込んで自社の強みにしてしまおうという考え方です。
 「コア・コンピタンス」というのは、例えば、家電メーカーなら液晶技術、自動車メーカーならハイブリッド車の技術など競合他社に真似できない技術を中核に経営を考えていこうという考え方です。
 その次にあるのが「チャネル・コンピタンス」です。プラハラードはチャネル・コンピタスという言葉は使っていませんが、取引先の力を自社の力にするということです。トヨタやパナソニックがそうですが、販売店網が競争力になっている企業もあります。
 プラハラードの「カスタマー・コンピタンス」というのは、さらにその考えを一歩進めて、顧客を自社の力にしてしまおうという考えです。先ほども言いましたが、最近の消費者は、商品について高知識の人が増えています。その力を活用しようということです。
 ソフトウェア開発では、実際そういうことが行われています。マイクロソフトのウィンドウズ2000の開発でも、発売前にβ版を全世界で65万人に配布したと言われています。世界で65万人ぐらいパソコンオタクがいるということなのでしょうが、その人たちにβ版をマイクロソフトのサイトからダウンロードしてもらって、不具合や使いにくさ、欲しい機能などを聞いて製品を完成させていったんですね。
 こうした動きがIT企業以外でも出てきています。消費者参加型製品開発と言いますが、無印良品が代表的な例です。ジャスコの「お客さま副店長」も、それに近い考え方だと思います。この棚がちょっとおかしいとか、この通路が通りにくいとか、そういう主婦の声を売り場に生かしていこうという取り組みです。セレクトショップのビームスもお客さんの中でセンスがいい人がいたら、何人か集めて話を聞くということをしています。
 最近は、パソコン、ファッション、料理など、いろいろな分野に高知識の消費者が増えています。そういう人たちをうまく取り込めば、それが企業の競争力になるというのがカスタマー・コンピタンスの考え方です。

エコの時代と日本人の自然観

―― 今後の研究は、どういう方向を考えているのでしょうか。

 日本人論というのは昔からあって、これまでも何度かブームがありました。しかし、それは欧米とは文化の違う日本が経済的に成功して、先進国の仲間入りしたのはなぜか、という視点からのものでした。消費の話はそこにはなかった。それを明らかにしようと研究してきたのですが、まだ未解明なところもあります。
 例えば、消費者の環境に対する意識と日本人が古来から持っている自然観との関係も、今後研究してみたいテーマです。
 日本人の自然観は「自然と一体」というものです。ヨーロッパも実はギリシャ時代までは同じような自然観を持っていたのですが、キリスト教が広まったことによって、そういう考え方は失われてしまったんですね。キリスト教的な世界観というのは、創造主である神が作った世界を人間が支配するというもので、動物も自然も、完全に人間より下位に位置づけられています。対象物としての自然をどう利用するかということなんですね。
 日本の場合は古事記、日本書記の時代から、神々も自然の一部でした。それが仏教が入ってきて、全ての物に仏の心が宿るという考え方にまで至って、自然と人間は一心同体という自然観が作られてきたのです。そう考えると、エコの時代というのは実は日本人に非常に合った時代だという気がするんですね。
 もう1つは、当初からの目的でもあったグローバルな消費者特性の研究をさらに深めることです。グローバルマーケティングが言われ出した80年代初めころは、先進国では消費者の好みは変わらなくなり、世界の市場は1つになると言われていましたが、実際はそうはならなかった。企業活動がグローバルになればなるほど、ローカルの価値が再認識されてきています。そうした国際比較を通して、日本の消費特性もさらに見えてくると思います。
記事作成:2008 October

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