今、マーケティングに何ができるか

2017.09.19

コンサルタント 青山学院大学経営学部マーケティング学科 講師 山本 直人 氏

コンサルタント 青山学院大学経営学部マーケティング学科 講師 山本 直人 氏

1964年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。博報堂に入社。2004年退職、 独立後は、マーケティングスキル、営業能力開発、スキル開発などを中心とした人材育成コンサルティング/トレーニング、および商品開発、ブランディング、経営理念開発を中心としたコンサルティング/ファシリテーションを行う。青山学院大学経営学部 マーケティング学科講師。著書に『売れないのは誰のせい?』(新潮新書)「マーケターを笑うな!」(朝日新聞出版)など著書多数。
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 東日本大震災は、東北地方に甚大な被害を及ぼしただけでなく、首都圏に長期的な電力不足という不測の事態をもたらした。電力需要が高まる今年の夏、さらに来冬にも、節電に対する取り組みが産業界、一般家庭に求められている。そんな中、マーケターの人材育成にも活躍する山本直人氏から「震災後の生活と新たな機会」と題するリポートが公表された。今こそマーケティングで培われた知恵を社会に還元する機会ではないだろうか。

――東日本大震災でビジネスにも大きな影響が出ていますが、どう見ていますか。

 福島原発は予断を許さない状況が続いていますが、それがある程度収束に向かったという前提でお話しさせていただきます。
 まず、今回の震災の影響はきわめて複合的で、それが生活や経済の将来的な不透明感を増していると見ています。 その特徴は、大きく3つあって、1つ目は被害の大きさです。1995年1月に発生した「阪神・淡路大震災」を大きく上回っています。 2つ目は福島第一原子力発電所の事故、3つ目は計画停電で当初は首都圏も大混乱しましたが、その停電問題が年単位で課題になることが見えてきていることです。そういう中でマーケティングの役割も変わってくるだろうし、世の中を少しでも良い方向に変えていくために、マーケターも知恵を絞っていくべきだと思うのです。

マーケティングの3つの変化

――今後のマーケティングは、どういう方向に変わっていくか、あるいは変えていくべきだと思いますか。

 3つの点で変わると思います。これまでのマーケティングは需要拡大のために知恵を絞ってきたのですが、首都圏に関して言えば、当面は需要が拡大され過ぎてしまうと、供給が追いつかなくなることも予想されていますし、今後は、生活時間や資源の調整のために知恵を絞ることになると思います。
 例えば、店舗も今は早い時間に閉めていますが、そういう状況が続くようだと、ますます無店舗販売にシフトしていくかもしれないですし、コンビニなどの長時間の営業も見直されるかもしれません。それから仕事の面でも、本格的に時差通勤、在宅勤務、さらにはサマータイムの導入も考えられます。電力供給次第で、工場も止まる、需要も制限される。その中でどう利益を上げてくかにマーケティングの視点が移る。今までのマーケティングの前提が崩れるというのが1つ目です。
 2つ目はマーケターに社会的な視点がますます求められてくることです。今までは、環境問題の観点から「CO2を減少しましょう」という形での省エネルギーだったのですが、もっと切羽詰った形になってきます。
 例えば、電力不足を補うために新しい型のエアコンやLED電球に換えていくことをどう推進していくかが課題になってきます。これまでは電気の需要を拡大しようということで、商業施設だけでなく、小さなマンションでもライトアップをしたりということが行われてきましたが、今後は、そういうことにも見直しが行われると思います。
 また、原発事故の解決や補償の問題、あるいはエネルギー政策の見直しにしても、長期的な課題になります。マーケティングにも、新しい生活のスタイルや方法を提案していくという社会的な視点が求められると思います。

――メディアの使い方も変わってくるのでしょうか。

 3つ目は、それと関連するのですが、エリアごとのマーケティングを今後は考えていかなければいけなくなると考えています。
 実は、今回の震災で日本の中部以西は直接的被害を受けていません。電力不足の問題もないし、経済活動にも支障はありません。そうすると、今後はエリアによって、マーケティングが変わってくる可能性があります。それに伴って、エリアごとにきめ細かく情報を提供することも重要になってきます。
 新聞やテレビはこれまで全国紙、全国放送という点が広告メディアとして大きな価値を持っていましたが、今後は同じ新聞でも、首都圏、関西圏、中部圏などのエリアごとに役割が変わってくると思います。
 通常の自然災害の場合は、被害は一部のエリアに限定され、復興も比較的迅速に行われますが、今回の場合は、被害が広域、かつ複合的で、復興が長期化することは間違いありません。しかし、電力不足の問題も、実は首都圏に限った話であって、同じようなマーケティングを中部以西でやっていいのかということです。首都圏を中心にマーケティングを考えていくと、中部圏や関西圏でも消費が萎縮してしまう恐れがある。エリアごとのきめ細かいマーケティングが必要になると思います。

飽和から欠乏のマーケティングへ

――マーケティングだけではどうにもならない課題も、当然あると思いますが。

 原発事故の推移や政策的な問題が絡んできますから、慎重に考えていかないといけないのは確かですが、今言った3つの変化は、マーケターが当面の間考えるべき課題であることは間違いないと思います。 被災地の復興は、行政やボランティアによって進んでいくでしょうが、今回の震災は、首都圏を巻き込んだ前例のない複合的災害ですから、普通の生活、経済活動に戻るまでに相当の時間がかかる。そこに、マーケティングの役割はあるということです。

――そこでマーケターは、どこに注目することが重要になってくるのでしょうか。

 今までは成熟市場、飽和市場と言われていたように、供給過剰の中で需要を喚起する提案が必要でした。しかし、これからは限られた資源の中で、どういう楽しみ方ができるかという形に提案の方向が変わってくると思います。「ニーズを見つける」というマーケターの役割は変わりませんが、そのニーズの内容が変わってくるということです。

――山本さんは、著書の「マーケターを笑うな!」の中で、「マーケティングの仕事は買う理由を作ることだ」と書かれていますが。

 そこは変わらないと思います。ただ、これまでは売るモノがダブつく中で必死に「買ってもらう理由」を考えていたのですが、今の問題は売るモノが足りなくなる可能性があるということです。そういう中で、モノを売っていくには発想を変えなければいけません。
 例えば、「節電と節水は違う」ということすら知らない人が多いことがあります。水不足は供給できる水の絶対量が不足しているわけですから、24時間いつでも節水することが有効です。一方、電気は最大供給能力の問題です。電力需要はあくまでピーク時を意識することが重要で、ピーク時の消費電力が供給能力を超えなければいいわけですから、24時間節電するよりも、電気を使う時間帯を分散させるほうが有効なのです。そういう電気の使い方の提案も必要だということです。
 また、そうした理解がないから、今は電気を使うことはすべて“不謹慎”になってしまっています。あるいは、実際に供給が十分ある商品まで、不安心理から買い占めが起こった。それを解消するコミュニケーション活動も大事になってきます。

取材からニーズは見えてくる

――そういうニーズを見つけるには、どうしたらいいのでしょうか。

 今、最も必要なのは、人々の本当の生の声を聞くことです。消費者に何が起きているのか、どんな不安があるのか。今後どんなニーズが出てくるか、マーケターはパソコンにかじりついてないで、現場の取材を大切にしてほしいですね。調査ではなくて、取材が大事なのです。
 今回の震災では、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアが活躍したと言われていますが、逆に限界も見えてきたと思うのです。例えば、ツイッターは安否情報の確認には活躍しましたが、単純な情報のやり取りには向いていても、少し踏み込んだ話をしようと思うと、やり取りに疲れてしまうし、議論が深まらない。また、フェイスブックなどのソーシャルメディアも自分と関係のある同じような人たちが見ているわけですから、情報や議論が偏ったり、過剰反応している場合が多かった。
 また、ネットに出ていることが世の中のすべてではないことも、マーケターは常に意識しておく必要があります。総務省の調査ではインターネットを9割の人が利用していると言われていますが、特にパソコンでネットを見る率はいろんな調査を総合すると4割もない。計画停電を実施したとき、自分の住んでいるエリアがわからないという混乱がありましたが、実はパソコンからならPDFで見られた。20代以下の人たちも、携帯電話でのネット利用がほとんどです。
 テレビも東京のキー局中心にニュースが作られているため、被害の大きかった茨城、千葉の情報が、最初の頃はほとんどなかったという問題がありました。特に茨城県はテレビ局がないですから問題が大きかったと思います。東北の被害と原発のニュースの後は、首都圏の計画停電一色になってしまいましたね。

――そういうメディアからの情報に頼らず、現場の生の声を聞くことが大事だと。

 地震が起こった直後、スーパーやコンビニの棚からモノがなくなった時に、高齢者に買い占めをする人たちが多いということが話題になりましたが、メディアでそういうことを知ったなら、マーケターは、その心理まで踏み込んでいかなければいけない。高齢者の一人暮らしや高齢者だけの世帯は、大きな地震に遭遇し慌てたと思うんですね。原発事故をテレビで見ても事態がよく理解できないし、計画停電と言われても、自分のエリアがいつ停電するかわからない。二重三重の不安があったのです。そういうことは、実際に取材して聞かないと見えてきません。
 スーパーから米もなくなりましたが、あれは計画停電が始まった頃、学校で給食がなくなったことも原因の1つです。子どもが帰ってきたときにご飯がない。買い占めではなくて、米を買わなければいけないという背景もあったのです。
 これまでのような緊急事態は今後はなくなるでしょうが、現場を知ることからニーズは見えてくるということは変わりません。ネットもテレビもそうですが、メディアに出ていることがすべてではないし、そこからは消費者の本当のニーズは見えてこない。だから、自分の周辺でもいいから、生の声を取材しろということなんです。

今後はエリア情報が重要に

――これからのマーケティングで重要になるものは何でしょうか。

 エリアが今後のマーケティングで非常に重要になってくると思います。
 まず、先ほども言ったように、東京電力管内の首都圏とそれ以外のマーケティングは大きく変わってきます。それから、首都圏では計画停電がこの夏や冬も避けられないと言われていますが、そうなると、自分の住んでいるエリアごとでの生活が脅かされる。身近なところで何を売っているか、どこに何があるかという地域情報が、非常に重要なってきます。
 計画停電の時に実際にあちこちで話を聞いたのですが、パニックが起こったのは郊外でした。そういうところは、大きなスーパーに生活を頼りきっていますから、当然、車で買い物に行きます。だから、ガソリンもなくなったということで、混乱が大きくなったのです。
 逆に、商店街がある地域は強かった。米屋に米はあったし、よろず屋にはカップ麺も、ペットボトルの水も売り切れずに残っていました。豆腐屋に行けば豆腐も売っていた。魚屋に聞いたら、築地には魚が余っている。地震が起きてから刺身が売れなくなったので仕入れを控えたら、この連休(3月19日〜21日)になって、いきなり刺身が売り切れた。仕入れが難しいとこぼしていました。魚屋に聞けば築地の状況はわかるけれど、スーパーではわからないんですね。
 そういうように、商店街のようなコミュニティーが残っているところが、計画停電では強かったのです。だから、これからは生活エリアの中で、どこに何があるのかという情報の再整理が起こってくると思っています。

――計画停電になって、商店街のありがたさが改めてわかった?

 それもありますが、こっちのエリアが停電の時は隣りのエリアの店に行けばいいわけだけど、そういう情報が実はありそうでない。計画停電になって、改めて生活エリアの情報の重要性にみんな気づいたと思います。

――だから、今から夏の計画停電に備えろと?

 そういうことです。コンビニも24時間営業を行う店舗をエリアによっては減らすようになるかもしれない。そのときに、24時間営業のコンビニはどこにあるか、どこの店に何があるかという地域情報が非常に重要になります。
 そういう意味で折込広告は保存できるわけですし、地域の情報源としての役割は大きいと思います。それから、新聞販売店に地域の情報をまとめた印刷物を無料で置くというサービスも考えていいと思うのです。家庭に届けるだけではなく、販売店に来てもらう。地域の情報拠点、情報のライフラインになるという発想もあっていいと思うのです。
 これからのマーケティングは、みんなが何を足りないと思っているか、何に不安や心細さを感じているか。そういう本当のニーズに応えるものにならなければいけない。そのためには、取材が大事なんです。今こそ、人の気持ちを考えた本物のマーケティングが求められていると思います。
via ヤマモト・リポート
記事作成:2011 April

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