“希望”の活性化が消費を拡大する

2017.09.19

学習院大学 経済学部教授 上田隆穂 氏

学習院大学 経済学部教授 上田隆穂 氏

1953 年生まれ。1978 年東京大学経済学部卒業後、東燃入社。1980年同社退職後、一橋大学大学院商学研究科修士課程に進み、1985年同大学商学部助手。学習院大学経済学部専任講師、助教授を経て現職。学習院マネジメント・スクール所長を兼任。博士(経営学)。専攻はマーケティング、価格戦略、セールス・プロモーション開発、消費者深層心理、地域活性化。著書に「買い物客はそのキーワードで手を伸ばす」(学習院マネジメント・スクール監修、ダイヤモンド社)「日本一わかりやすい価格決定戦略」(明日香出版社)
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 リーマンショックの起こった2008年、製造業の売上高営業利益率は非製造業のそれを初めて下回った。特売・安売り頼みの商売は、メーカー、流通双方にとって幸せをもたらさない。アベノミクスで景気に明るい兆しの見えてきた今、消費を拡大する新たな視点とは何か。価格戦略が専門の学習院大学経済学部教授・上田隆穂氏に聞いた。

── アベノミクスでデフレ脱却が期待されていますが、モノの値段が上がるのは随分久しぶりのような気がしますね

 実は2008年9月のリーマンショック前にも、値上げの機運が高まった時期がありました。その年の夏頃、出版社から「いかに高く売るか」という本を書いて欲しいという依頼があったくらいです。原油価格をはじめ原材料の高騰が背景にあったのですが、「(値上げの機運は)一過性かもしれないから」と言って執筆を待ってもらっていたら、その直後にリーマンショックが起こって、また低価格路線に戻ってしまったんですね。日本は90年代後半からデフレが続いていますが、値下げの連続だったわけではなくて、低価格化と適正な価格で商品を売っていこうという二つの動きが交互に起きてきたというのが実際なんですね。

安売りか適正価格かの歴史

── 価格をめぐってメーカーと流通の戦いがあったということですか。

 「価格」という視点から歴史を振り返ると、まずメーカー優位の「高くても売れる時代」があったわけです(図1)。テレビ・冷蔵庫・洗濯機の「三種の神器」が流行語になったのは1955年ですが、その頃から1975年ぐらいまでは、メーカーの技術革新の時代でした。しかも、消費者の所得もどんどん増えていった。
 ところが1975年を過ぎると画期的な技術が出なくなり、「技術成熟化の時代」を迎えます。商品に技術的な差がなくなってきて、価格競争にならざるを得なくなってくるんですね。それで、この頃日本のメーカーに取り入れられるようになったのがマーケティングです。技術で差が出ないなら消費者視点で商品を発想していこうということになったのです。
 同時に、流通業では1974年にスーパーが百貨店の売上高を抜き、パワーを増していきます。1985年からイトーヨーカドーがPOSシステムを全店導入しますが、それまでは1か月に1回の工場出荷データが商品の売れ行きを知る手段でしたが、POSデータによって商品の売れ行きが翌日にはわかるようになった。

── POSデータで小売の価格交渉力が高まったわけですね。

 そのまま行けば流通業からメーカーへの値下げ圧力が高まり、低価格化が進むはずでしたが、そうはならなかった。バブルが起こったからです。86年頃から高額商品が売れて、流通側の値下げ要求が一時的に目立たなくなったからです。ところが90年2月のブラックマンデーでバブル経済が崩壊すると、隠れていた課題が一気に顕在化します。しかも、大店法の規制緩和でオーバーストア化したこともあり、93年頃から「価格破壊」と言われるような低価格競争に突入するわけです。
 さらに、所得も減り始め、「こだわるものにはお金は出すけれども、こだわらないものにはお金は出さない」という消費の2極化が起こります。同時に、メーカーを中心に低価格是正のための「ブランド戦略」が注目されます。ブランドに関する研究は昔からありましたが、アメリカでブランドの資産的価値などの研究が始まり、日本にも輸入された。しかし、そんなにたくさんのブランドは消費者の頭の中に入らないということで、ブランドも成熟してしまう。それが2000年になった頃の状況で、スーパーだけでなく、ドラッグストアなどでも低価格化の動きが相当激しくなっていくんですね。
 そして最初の話につながるのですが、2005年頃になると、石油の高騰やバイオ燃料が注目され穀物相場が高騰するという時代になり、「どうしたら価格が上げられるか」という時代になりかけるわけです。ところが、リーマンショックで大不況に突入し、再び低価格競争の時代になった。原料高で先行値上げしたメーカーは、苦戦を強いられることになったんですね。

── 急激な円高が進んだのもリーマンショック後ですね。

 それで流通では、円高還元セールや値下げ品目拡大で特売時代に戻り、GMSでは低価格業態を増やすといった対応もとられました。イオンはディスカウント業態の「ザ・ビッグ」や小型ディスカウント店舗の「アコレ」「まいばすけっと」、イトーヨーカドーは「ザ・プライス」といった低価格業態を増やし、セブンイレブンでも低価格帯のPBを拡充していったんですね。
 メーカーも低価格帯の品揃えを拡大していって、特売競争が激化し、メーカー・小売とも低利益化していったというのが、アベノミクス前までの状況だったんですね。

── 低価格・特売だけでは商売はうまくいかないということですね。

 利益率が悪化するのが普通ですね。低価格一本やりで成功するとしたら、規模の経済か、革新的な生産や販売のシステムを持っているかのどちらかです。
 値引きの話をする時によく使う表があります。それが図2で、値引き率別に同じ利潤を確保するために何%余計に売らなければならないかを表した表です。例えば赤い線で囲んだ部分を見ると、粗利益率45%、値引き率40%の場合は800%余計に売らなければならないことがわかります。つまりトータルで9倍売らないと同じ利潤は得られないということです。しかも、価格は一旦下がれば是正は困難ですし、ブランド力も低下します。やはり、特売ではない適正価格で売るための知恵、価値創造が重要なんですね。

価格を上げるための戦略

── では、どうすれば「安売り」ではなく、適正な価格で商品は売れるかですが。

 例えば、ミートローフという新製品ができた時に、最初、ソーセージの隣に置いたら高くて売れなかったという話があります。ところがハムの隣に置いたら非常に良く売れた。「カテゴライゼーション」と言いますが、消費者の頭の中にある「ソーセージは安いもの」「ハムは高いもの」という分類を利用した売り方です。
 「トリュフノワール」という1粒1000円のチョコレートを売る店が六本木ヒルズにあります。一流のパテシエが最高の材料で作っているのはもちろんですが、店の雰囲気もチョコレートの店というよりジュエリーブティックをイメージして作られている。宝石を売る店と同じような、というカテゴライゼーションの演出が行われているわけです。
 値段を上げて売るには、こうしたテクニカルな方法もありますが、正攻法は、やはり消費者の製品や購買の関与を高め、消費者にとっての価値を高めることだと思います。
 実は、製品や購買に関心が高いか低いか、そのブランドに差が感じられるか感じられないかで購買のタイプは4つに分かれます(図3)。
 「情報処理型」というのは、関心が高く、ブランドの違いも認識されている製品の購買行動です。乗用車が典型ですが、いろいろな情報を集めて、購買が決定されます。
 「バラエティシーキング型」は、関心は低いがブランドの違いが認識されている場合の購買行動で、お菓子や飲料が典型です。飽きや別の商品を試したいという理由で多様なものが買い求められる傾向があります。
 「不協和解消型」というのは、関心はあるけどブランドの差がわからない製品に対する購買行動です。家具や白物家電がそうで、店員の説明や広告が特に有効です。
 「習慣型」というのは、関心が低く、ブランドに差が感じられない製品に対する購買行動です。代表はトイレットペーパーやティッシュペーパーで、いつも買っているものやいつも買っているものがなければ「安いもの」が買われる傾向があります。

── 製品に対する関与度が高くて、ブランドに対する認知も高い「情報処理型」が理想ということですか。

 そうなのですが、農産物や食品は「習慣型」がほとんどです。問題は、それをどうやって「情報処理型」にもって行くかです。カテゴリー自体に興味を持ってもらうために、業界全体で活動することを「ジェネリック・マーケティング」と言います。例えば、中央酪農会議は「牛乳に相談だ」「MILK JAPAN」など、業界を挙げて牛乳の消費拡大キャンペーンをしていますね。「習慣型」の場合は、そういう業界全体の努力でカテゴリーに関心を持ってもらった後、各企業の努力でブランド間に差をつける努力が大事だと思います。

どうやって価値を作るのか

── 製品の価値を高めるには、どうすればいいのでしょうか。

 ある田舎の寝具店で、近くに大型ショッピングセンターができても業績は好調で業界平均の数倍売れている店があります。その店の販売方法はユニークで、お客さんが枕を買いにきてもストレートに枕を売らないのです。「あなたは枕を買いに来たんじゃないんですよね。毎日ぐっすり眠れて、一日の始まりがさわやかであることを望んでいるんじゃないんですか。だとしたら枕だけじゃなく、こんなものもありますよ」と言って、枕以外の製品もすすめる。今風の言葉で言えば、お客さんとの会話の中で「インサイト分析」をしているわけです。
 消費者がわかっている「顕在意識」を聞いても、それは競争相手にもわかっているし、あまり意味がない。消費者がまだ気づいていない「潜在的価値」を訴求することで、商品が売れるんですね。私が取り組んでいる「価値創造型プロモーション」も、実はそうした考えに基づいて始めたものなんです。

── 先生が2005年から取り組まれている産学協同プロジェクトですね。

 これまで何度か店舗実験を行っていますが、例えば2010年にエバラ食品工業と行った焼肉のタレのプロモーションでは、値引き無しで9倍の売上増を達成しています。エバラの焼肉のタレのシェアは50%を超えているので、家庭で焼肉を食べる回数が増えれば焼肉のタレの売り上げも上がる。だから、焼肉を食べる回数を増やすことがテーマだったのですが、消費者の深層心理を探る調査から見えてきたのは、「子供が肉ばかり食べて、野菜を食べないこと」でした。そこから出てきたのが、焼肉のタレにいろいろな野菜を刻み込んで食べるというアイデアです。この提案を食品エンドなどを使い展開し、実験終了後も焼肉のタレが売れ続けるという結果をもたらしました。
 それから「価値創造型プロモーション」の考え方が店舗そのものにも適用できないかということで、昨年11月にはコープさっぽろの協力で、「未来店舗創造」という店舗実験も行っています。

── どういう試みなのですか。

 これからの小売店舗の役割は何かというところから出発したプロジェクトです。アベノミクスで景気に明るさが見えてきたとは言え、現在の生活者を取り巻く環境は、まだまだ希望を見出しにくい閉塞状況にあります。そういう中で小売店舗の役割は、単に生活の必要や満足を満たすだけではなく、もっと積極的に将来の希望を見出す場になるべきだ。明日への希望があるから消費は拡大すると考えたのです。
 そこでまず、ライフステージごとに消費者の希望を作っている核は何かを探っていきました。その結果出てきたのは、どのライフステージも「家族」でした。結婚し、子供が生まれ、子供が成長し、また夫婦2人の生活に戻る。それぞれのライフステージで「家族」を軸に希望の核になるものが変わっていくことが明らかになったのです。それで、妊娠期、子育て期、子離れ期、シニア期に分け、ライフステージごとに生活者の希望を刺激する商品を紹介するライフステージコーナーを設け、顧客の定番売場への誘導を図ったのです。

── 希望が消費活性化の核になるというのは、これからの日本を象徴しているように思えますね。

 東京大学社会科学研究所では2005年から、これまで個人の内面の問題とみなされてきた「希望」を、社会にかかわる問題として研究する「希望学」プロジェクトがスタートしていますが、「未来店舗創造」はそれに触発されたプロジェクトです。実験の詳しい分析は今まとめているところですが、消費者の希望をどれだけ活性化できるかがこれからの小売業の競争力になる。それが実感できた店舗実験だったと思います。
記事作成:2013 May

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