日本のショッピングセンターをサスティナブルな生産流通起点に

2017.09.19

法政大学 ビジネススクール イノベーション・マネジメント研究科教授 小川孔輔氏

法政大学 ビジネススクール イノベーション・マネジメント研究科教授 小川孔輔氏

1951年秋田県生まれ。74年東京大学経済学部卒業、 76年同大学院経済学研究科修士課程修了。カリフォルニア大学バークレー校留学を経て、86年法政大学経営学部教授、04年法政大学ビジネススクール イノベーション・マネジメント研究科教授。日本フローラルマーケティング協会会長。近著に、『マネジメント・テキスト マーケティング入門』(日本経済新聞出版社)、『有機農産物の流通とマーケティング』(農山漁村文化協会)など。08年9月から今年8月まで『チェーンストアエイジ』誌に流通業の企業史を描いた「小川町経営風土記」を連載。
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 ここ数年、ショッピングセンターの大型化が進んだ。その一方で、食品スーパーやドラッグストアが中核となった日本型NSC(ネイバーフッドショッピングセンター)や駅構内の商業施設「駅ナカ」も注目されている。日本のショッピングセンターとは何か。そこに欠けているものは何か。法政大学ビジネススクール教授の小川孔輔氏に聞いた。

日本人のためのマーケティング

―― 先生が最近出された『マーケティング入門』は800ページの大作ですね。

 ほぼ同じページ数のコトラーの『マーケティング原理』のページ単価は9.2円、僕の本は4.9円ですから、僕の本のほうがコストパフォーマンスはいいんですよ(笑)。この本のキャッチコピーは、「日本人の、日本人による、日本人のためのマーケティング」です。今まで本格的なマーケティングのテキストは、翻訳書しかなかった。僕はマーケティングの素材は、基本的にドメスティックであり、ローカルであるべきだと思っています。そうでないとリアリティーがないからです。それで、この本に登場する事例は、日本企業か、外資系であっても日本に進出している企業に限っています。
 事例を日本に関連したものに限定したもう1つの理由は、日本企業の実践してきたマーケティングを、理論的な枠組みの中で整理して語り継ぐという伝統が、これまでの日本のマーケティング研究にはなかったこともあります。もちろん、僕自身の反省も含めてですが、それを正当に評価して記録に残しておく責務が我々研究者にはある。そうでないと、我々はアメリカで生まれたマーケティングの枠組みを今後も超えることができないと思うからです。
 今回のテーマのショッピングセンターも同じで、元々は、アメリカの買い物環境から生まれてきた商業施設の形態です。しかし、日本とアメリカでは、かなり違う成り立ちをしているんですね。

日米の買い物環境の違い

―― アメリカと日本のショッピングセンターの違いは、どんなところにあるのでしょうか。

 日本、ヨーロッパ、アメリカの3地域を比較すると、買い物環境という点では日本とヨーロッパとはきわめて近い。アメリカだけが違います。
 アメリカは、東から西へ国土を広げていった国です。わずか200年という短い期間に、産業革命とフロンティアの開拓が同時に起こった国ですから、実は、自然発生的にできた街ではなく、かなり人工的な街なのです。日本やヨーロッパの街のように、長い歴史をかけて作られてきた街ではない。しかも、人口は日本の2.4倍ですが、国土は25倍ですから、面積当たりの人間の数が少ない。人がまばらなんです。
 また、日本の場合、江戸時代までは、城があり、城下街があり、その外に農地が広がっていました。ヨーロッパも街自体が城壁に囲まれていたという違いはありますが、基本的には同じです。農工商が小さい地域の中で閉じている自給自足の世界で、それぞれの地域に農工商が根付いていた。そういう日本やヨーロッパに比べ、アメリカは歴史が浅いこともありローカルが未成熟だったのです。
 20世紀に入ってアメリカでは、ミシガン湖などの五大湖を中心に大量生産が始まります。つまり、ローカルが成熟する前に全国マーケットが作られることになったのです。これがアメリカの街と日本やヨーロッパの街の大きな違いです。アメリカはモノを作ることと、それを消費することとが、かなり早い段階から切り離されていたのです。
 農業も同じで、例えばイリノイ州の畑で作っているコーンは、イリノイの人が食べるために作っているわけではなくて、最初から全米マーケットを相手にしていました。アメリカの農業は今、世界をマーケットにしていますが、その当時から農業は産業だったのです。

―― アメリカは、最初から大量生産・大量販売を前提に小売業が発達してきたということですか。

 19世紀末に始まったシアーズの通信販売もアメリカ全土をマーケットにしたものです。ショッピングセンターで売られているものも、その地域で作られたものではなくて、全米各地で作られたもの、世界中で作られたものだったのです。
 それに対して、日本のショッピングセンターの原型は商店街です。商店街は、各地域で自然発生的にできたものですから、当然、地域によって売るものが違っています。
 それから、日本とアメリカでは交通が違います。アメリカは、基本的には自動車を前提にショッピングセンターが作られてきました。人がまばらに住んでいる場所で、一番効率がいい移動手段は、車です。だから、車で買い物するのに便利な人工的な“商店街”を作った。それがアメリカのショッピングセンターです。
 だから、今もアメリカで最も多いのは、商圏人口2万人から5万人のNSCと呼ばれるネイバーフッド・ショッピングセンターです。食品スーパーを核にしてドラッグストアやホームセンター、専門店などのテナントがあり、近隣の住宅街などの小商圏をターゲットにしているものです。
 一方日本は、城下町や宿場町だったところにバスが通り、鉄道の駅ができ、今度は大量交通機関の結節点を中心に街が発達していきます。
 当然、利用交通機関が違えば、買い物頻度も違います。アメリカは、週1回か、2週間に1回。日本は、1日に2、3回と言われるほど頻度が高い。つまり、日米ではショッピングセンターの性質も人々の消費行動も異なるのです。

店舗の大型化を求めて郊外へ

―― ただ、日本の商店街は今は衰退に向かっていますね。

 日本の商店街の衰退は、1970年ごろから起こったものです。その原因の1つは、それまでバスや鉄道など大量交通機関で買い物をしていた人たちが、車という移動手段を持ったことです。1964年の東京オリンピックで高速道路の建設や道路の舗装が進み、その直後から自動車の大衆化が始まります。しかし、昔ながらの商店街には駐車場がない。買い物に不便になってきたんですね。
 もう1つは、日本が豊かになったことです。車も買った、住宅も買った。今度は、その住まいに詰め込むモノが必要になったわけです。
 消費者は、衣食住すべてに対して豊かさを求めるようになりました。しかし、商店街はそれぞれが独立経営ですから、店舗も広げられないし、店同士で品揃えの調整もできない。郊外に行かなければ、十分な売場面積の店舗が作れないし、駐車場も確保できない。それが日本の郊外に大型店舗ができていった要因です。日本の場合は、アメリカと違って最初からショッピングセンターがワンセットでできたわけではなく、最初は食品スーパーやホームセンターが単独で出店することが多かったのです。
 1973年に「大規模小売店舗法(大店法)』が制定されますが、これは大規模店の店舗拡大を事実上許可制の下に置きながら、地元商店街を保護することが目的でした。そういう規制の中で、日本の小売業は郊外に立地創造していきます。GMS、食品スーパー、ホームセンター、それからドラッグストアや衣料品チェーンも郊外に出ていきます。しかし、よくよく見ると、このころ郊外に出店したのは、単独店プラスαが多くて、ショッピングセンターと呼べるものは、それほど多くなかったのです。

―― 日本では、玉川髙島屋が本格的な郊外型ショッピングセンターの最初だと言われていますが。

 玉川髙島屋SCができたのは1969年です。アメリカのショッピングセンターをお手本にして、二子玉川周辺に住んでいる富裕層をターゲットに作られたものです。もちろん、自動車の利用客も想定していましたが、同時に二子玉川駅前にあって、当初から鉄道の利用客も見込んでいたところがあります。その後できた大型ショッピングセンターも、しばらくは日本特有の駅ビルが中心で、その原型が玉川髙島屋SCだったのです。
 各地で駅前再開発が一段落した80年代には、郊外や農村部の幹線道路沿いの田畑を埋め立てて広い敷地を確保して大型ショッピングセンターが作られていきます。
 さらに、2000年に大店法が廃止され、「大規模小売店舗立地法( 大店立地法)」が制定されてから、大型ショッピングセンターは急増します。2007年の「改正都市計画法」施行で、店舗面積1万㎡を超える郊外型施設について建設の抑制がかけられるまでブームは続きました。
 ただ、日本のショッピングセンターの多くは郊外型と言われるものでも駅に隣接したものが多く、車だけの利用客を対象にしたアメリカのショッピングセンターとは基盤が違うんですね。
 アメリカはショッピングセンターが全小売販売額の3分の2を占めていますが、日本のショッピングセンターのシェアはいまだに2割程度です。それは、日米の街の成り立ちの違い、ショッピングセンターの成り立ちの違いからきているものなんです。

日本型ネイバーフッドSC

―― 話は前後するかもしれませんが、郊外型の単独店、ロードサイド店が日本にできるようになったのは、いつごろからですか。

 郊外ロードサイドに、チェーンオペレーションの単独店ができてきたのは80年代からです。店舗面積が500㎡以下の店舗は大店法の規制にかからないということでロードサイド店が日本に増えていきます。
 規制が緩和された90年代は店舗面積も広くなりますが、先ほどのドラッグストアやホームセンター、衣料品チェーンをはじめ、家電量販店、ディスカウントストアなど、生活のさまざまなニーズを満たすチェーン店が次々とロードサイドにできてきます。

――郊外店も、最近は一時の勢いがなくなっているように思いますが。

 それで今、単独店ではなかなか集客できないというので、食品スーパーとドラッグストアやホームセンターがいっしょになって、モールができ始めています。それが日本型のNSC、ネイバーフッド・ショッピングセンターです。ですから、NSCに関しては、アメリカと日本は出発点は違ったけれど、形としては、だんだん似てきたと言えるかもしれません。

―― 小商圏を対象にしたショッピングセンターも、日本に育ってきたということですか。

 ただ、アメリカは最初から計画的にショッピングセンターを作ってきましたが、日本はそれぞれ勝手に出店しながら、最適化を求めていったという違いはあります。最初は郊外のロードサイドに出たけれど、それでは効率が悪い。顧客のニーズを考えて、次第に日本型のNSCになっていったわけです。
 もう1つの最近の現象として、これまで郊外のロードサイドで店舗を構えていたチェーン店が、都心の駅ビルや銀座などにも進出し始めています。

駅ナカはなぜ売れるか

―― 量販店が銀座など都心に出店し始めた理由は、何でしょうか。

 理由の1つは、今まで郊外でしか成り立たなかった店舗が、都心でも成り立つようになったからです。銀座の地価もバブル時の半分に下がっていますし、マス販売のブランドは商品の回転がいいので、高い家賃をカバーできるようになったのです。
 もう1つの要因は、人口の都心回帰です。郊外から都心に人が戻ってきている。23区と都下の人口が最近は増えています。要するに、人が多くなったから商売が成り立つようになったということです。

――駅ナカも最近は商業スペースとして注目されていますね。

 これも、同じ理屈で説明できます。つまり、人がたくさんいる所は商売が成り立つということです。
 以前は駅構内の店舗はキオスクなど小規模の店舗しか作れなかったのですが、国鉄の民営化が引き金になって、その制度が変わりました。
 それまで、小売りで1番いい立地は駅ビルでした。しかし、人が最も行き来しているのは駅の構内です。JRの「駅ナカ」の成功は、新しいテナントの開発なども要因としてありますが、商売をやるには元々最高の立地だったということです。
 我々日本人が職場に行く主な交通手段は、JRや私鉄、地下鉄、あるいは、バスなどのマストラ(マストランジット:大量輸送交通機関)です。一方、アメリカ人の通勤手段は9割近くが自動車です(注)。
 日本の大型ショッピングセンターがなぜターミナル駅に多くできるかいうと、日本人が1番そこを利用しているからです。マストラというのは、人口密度が高くないと成り立たないものなんですね。

(注)日米の通勤手段:アメリカの2000年の国勢調査で16歳以上の労働者が通勤に使う交通手段は、自家用車が87.9%。日本は、同年の国勢調査で15歳以上の通勤・通学者の自家用車利用を調べているが、全国で44.3%、東京都では11.6%になっている。

ショッピングセンターの差別化

―― 日本のショッピングセンターの差別化については、どのように考えていますか。

 日米で成り立ちが違うにもかかわらず、何の個性もないショッピングセンターが増えているというのが、正直な感想です。今のショッピングセンターの多くがやっていることは、アメリカのコピーで、単に売れているブランドをテナントとして入れるだけというような気がします。
 ショッピングセンターのデベロッパーの役割は、どんな店舗をどう配置するかという「テナントミックス」を作ることです。人気のあるナショナルブランドは必要ですが、それだけではどこも同じようなショッピングセンターになってしまいます。テナントの8割はそうしたナショナルブランドで固めるにしても、残りの2割で個性を出していくことが必要です。
 例えば、JRで最初に作られた駅ナカ「エキュート大宮」では、土産のベーグルやブーランジェリーのショップを発掘したことが成功要因の1つになっています。東京駅の「グランスタ」は、かりんとうが有名ですね。ショッピングセンターのデベロッパーにとってテナントの発掘というのは、メーカーの商品開発と同じなのです。

―― 日本のショッピングセンターがアメリカのコピーを脱却するには、どうしたらいいのでしょうか。

 食品スーパーでは、地元のものを積極的に取り入れています。同じチェーンの食品スーパーでも、隣の街に行くと置いている魚が違います。九州のスーパーでは馬刺しが普通に売られていますが、それは食が地域に密着したものだからです。
 ショッピングセンターも同じで、地域に合ったテナントミックスがある。徹底してローカルを提供していけば、日本のショッピングセンターはもっと楽しい場所になるなずです。ヨーロッパのショッピングセンターは、外観デザインもその街らしいものが多く、商品もそれぞれ違う。だから、日本のショッピングセンターも、日本独自の形があっていいのです。

PBはブランドなのか

―― 最近、大手流通チェーンを中心にPB(プライベートブランド)の開発が盛んですね。

 PB比率は、ヨーロッパが60%から80%、アメリカが20%から40%、日本は5%から10%です。日本のPB比率が低いのは、メーカーが強いからです。
 ヨーロッパにはネスレ、ユニリーバ、アメリカにはプロクター・アンド・ギャンブルという大きなメーカーがありますが、スーパーマーケットの棚を抑えているのは実質的にはローカルブランドです。しかし、商品のラベルは、それぞれのスーパーマーケットのブランド、つまりPBになっているんですね。

―― ヨーロッパのPB比率が高いのは、大手流通チェーンのシェアが高いことが要因ですか。

 それはありますね。なぜ日本の総合スーパーが店舗数を増やし、合併していったかと言えば、アメリカやヨーロッパのチェーン小売業のように価格決定権を持ちたかったからです。逆に言えば、価格決定権をメーカーのNB(ナショナルブランド)から奪うということです。

―― ところで、PBはブランドなのでしょうか。

 結論を先に言うと、PBはブランドではないと考えています。なぜかと言うと、消費者から見た時のブランドの条件にPBは当てはまらないからです。
 商品がブランドとして成立するためには、「機能的ベネフィット」「情緒的ベネフィット」「自己表現ベネフィット」「記号的ベネフィット」「快楽的ベネフィット」を商品が持っていることが必要です。
 そうするとPBは、便利だから、おいしいからこの商品を買うという「機能的ベネフィット」はきちんと消費者に提供できていますが、そのほかのベネフィットは提供できていません。ブランドにとって「機能的ベネフィット」以上に大事なのは、実は、それを使うと楽しいというような「情緒的ベネフィット」であったり、それを持っていることによって人に自慢できるという「自己表現ベネフィット」であったり、あるいはその商品を収集したくなるような「快楽的ベネフィット」であったりするわけです。

――そういう価値を商品に付加するには、どうしたらいいのですか?

 まず、消費者の生活の中にその商品が入り込んで行かなくてはなりません。つまり、モノとして消費されるのではなくて、“事柄”として消費されるようにならなければならないのです。
 例えば、ユニクロはすでに「機能的ベネフィット」だけで買われているわけではないと思います。「安くて、品質がいい」というのがユニクロの「機能的ベネフィット」ですが、ユニクロを着ると楽しいとか、ユニクロを選ぶことが自分の価値観の表明、「自己表現ベネフィット」になりつつあるような気がします。
 そういう価値観を消費者の頭の中に作っていくためには、質の高い広告を継続的に出す必要があるし、メディアに取り上げてもらうようパブリシティにも力を入れなければなりません。ブランドのストーリーを膨らませていくために、いろいろな話題も提供し続けていく必要もあります。1つのブランドを育てるには最低10年以上はかかります。そういう努力をPBはしてきたかということです。

――PBがブランドになるためには、機能的価値以上のものを持たなければいけないということですね。

 ただ、そうなったらそれはPBではなく、ブランドになったということです。無印良品は1980年にPBとして発売されましたが、今は誰もPBとは言いません。最初の頃は「わけあって、安い。」というコピーで機能的価値を訴求していたのですが、今は、ユーザーにとって自分の生活の中になくてはならない商品になってきています。つまり、ライフスタイルブランドになっているということなんです。
 しかも、PBを作ろうとすれば、1アイテムで最低1,000万円ぐらいの売り上げが必要です。それを少なくとも100アイテムそろえなければ商売にはなりません。だから、食品スーパーは、最初からPBはやめた方がいい。むしろ、生鮮や惣菜、産直野菜などでPBを作るべきだというのが僕の考えです。

野菜PBという考え方

――産直野菜のPBというのは具体的にはどういうことですか。

 それをやったのが、アメリカのオーガニックスーパー「ホールフーズ・マーケット」です。1980年に開業し、売上高1兆円に達しています。大規模な野菜農場と有機野菜を継続取引し、自然化粧品やサプリメントなどのHBC(注)、牛乳やオレンジジュースなどの飲料、冷凍食品などの高粗利商品もPB化しています。
 日本の大手流通チェーンでも、すでに同じような取り組みを始めていますが、そういうことこそ食品スーパーが取り組まなければいけないことだと思います。
 日本の消費者は、品質にうるさいだけではなくて、飽きっぽい。だから、いつも同じ商品が棚に並んでいたら、買わない。昨日と今日では、棚に並んでいるものがちょっと変わって欲しいと思うのが日本人です。同じPBだと、すぐ飽きられてしまいますが、野菜なら何もしなくても季節によって変わるわけです。
 アメリカ人はスーパーマーケットで食品を買うことを「グローサリーショッピング」と言います。グローサリーというのは、日本語で“ 加工食品”といった意味です。日本人は、そういう感覚ではスーパーに買い物に行きません。“食材”を買いに行っているんですね。新鮮な野菜や生きのいい魚を買いに行くという感覚です。
 アメリカ人の食に対するこだわりのなさは日本人には理解しにくいですが、オーストラリアでも似たような経験があります。シドニー大学の講師に45日間行っていたことがあるのですが、その時、ホテルの中庭にあるコテージを借りたのです。その朝食が30日間まったく同じでした。日本のホテルなら絶対にあり得ないことです。

(注)HBC:Health and Beauty Careの略で、健康・美容に関連した薬・化粧品・トイレタリー関連商品のこと。

――ECサイトの発展も、今後、小売業に影響を与えると思うのですが。

 ネット販売は、ほぼ結論が見えてきたと思いますね。確かにネットは今伸びていて、2008年度の通信販売業界全体の売上高4兆円強の内、4分の1はネット通販と言われています。BtoC EC(消費者向け電子商取引)全体で見ても、7兆円の市場規模になってきています。ただ、消費者の買い物がすべてネットに移行するかというと、絶対にそうならない。小売業全体で見れば、日本では売り上げの2割ぐらいが上限だと思います。
 日本人とアメリカ人の1番大きな違いは、買い物に対する態度です。グローサリーショッピングに象徴されるように、アメリカ人は基本的に買い物が嫌いなのです。時間の無駄だと思っている。車で20分、30分運転しないとショッピングセンターがない所に住んでいる人たちにとって、買い物は苦痛なんです。それに、お店にはいつ行っても、同じものしか置いてない。日本のようにエンドが頻繁に変わったり、3か月に1回ずつ棚が変わるということもありません。
 日本人は、商品を目で見て、臭いを嗅いで、触って、試食をすすめる販売員が肉やソーセージをジュージュー焼いているのを見て、「おっ、おいしそうだ」と思って買う。その違いです。

日本の商品開発力を海外へ

――今後の日本の小売業は、どういう方向に進むべきだと思いますか。

 日本企業がアジアの新興国の経済発展にどう貢献できるかという視点も重要だと思います。これまで日本は、アメリカからマーケティングを教えられ、商品開発を教えられる立場でした。量販店のオペレーションやショッピングセンターも同様です。しかし、そろそろ逆の立場、逆輸出をする時期になってきたと私は考えています。
 確かに、日本経済は今は少し弱くなっていますが、商品開発力はある。商品回りの発想力は、日本はグローバルに通用するものを持っていると思います。実は、最初は海外から入ってきた商品を日本人が改良して逆輸出しているモノがたくさんあります。
 例えば、紙オムツです。プロクター・アンド・ギャンブルが、日本で紙オムツを発売したときにはパルプ製でした。しかし、パルプは吸水性もそれほど高くなく、肌の弱い日本の赤ちゃんには不向きでした。パルプを吸水性の高いポリマーに代えたのは日本のメーカーです。それをプロクター・アンド・ギャンブルが取り入れて、世界中の紙オムツがポリマー製になったのです。
 それから、缶コーヒーも日本の発明です。最初の缶コーヒーは、日本コカ・コーラが発売した「ジョージア」ですが、日本法人の日本人社員が中心になって作ったものです。ジョンソン&ジョンソンのバンドエイドも日本で改良されたものが、世界中に広まっています。日本人は、そういう改良が得意なんですね。
 また、日本の寿司やアニメは世界中で受け入れられています。フランスでは以前から寿司は人気で、パリに行くとテイクアウトの寿司屋が多いことにびっくりします。ところが、最近はアメリカ人も寿司を食べるようになってきた。それだけでなく、和菓子も食べるようになってきているんですね。食にこだわらないアメリカ人もやっとわかってきたな(笑)、と思うわけですよ。
 また、世界に通用するビジネスモデルとしては、セブンイレブンもあれば、世界最大の気象情報会社に成長したウェザーニューズもある。これからは日本発の商品、日本発のサービス、日本発のビジネスモデルがもっと外へ出て行くはずです。僕が言っているのは、“輸出”ではなく、日本が持っている商品の作り方やアイデアを海外に“移転”することです。アメリカ人がやってきたことを、これから日本人がやればいいということなんです。
 ただし、アメリカ流と違うのは、それがエネルギーの消費量がとことん少ない、シンプルで、作りが丁寧で、無駄を省いたモノやサービス、ビジネスの仕組みであることです。そういうこだわりは、日本人が昔から得意だったと思うのです。

サービスドミナントと静脈系

―― マーケティングの考え方も、これまでとは変わってきそうですね。

 はじめにも言ったように、アメリカで生まれたマーケティングの枠組みを超える時期にきているというのが僕の考えです。そこで今の関心事になっているのが、「サービス・ドミナント・ロジック(SLD)」と「動脈系・静脈系マーケティング」という考え方です。
 まずサービス・ドミナント・ロジックですが、これまでのマーケティングはモノを大量に作って、どうやって売りさばくかということから出発しています。そのモノの対極にあるのが、サービスです。サービスはモノと違って、その場に行かないと受けられない、品質が一定でない、ストックできないなどの特性があり、これまでのマーケティングでは、モノとサービスを別々に扱ってきました。
 しかし、例えば、美容室に行ったときを思い浮かべればわかりますが、リラックスできる音楽を耳にしながら、座り心地のいいセットイスに座り、シャンプーで髪を洗ってもらい、ハサミで髪をカットしてもらうなど、一連のプロセスの中で、モノやサービスが投入されていきます。
 つまり、モノやサービスをバランスよくインプットすることによって、「ヘアカット」という“事柄”がアウトプットされる。元々、モノやサービスは、顧客の問題を解決するための手段です。両者を区別することにあまり意味はありません。
 それなら、モノも、サービスもすべてサービスである=サービス・ドミナントで考えようというのが、サービス・ドミナント・ロジックです。別の言い方をすると、今までのマーケティングの枠組みを「顧客の問題解決プロセス」として再構築しようという考え方です。

―― 動脈系・静脈系というのは、どういう考え方ですか。

 人の身体と同じように、マーケティングにも動脈系と静脈系、2つのシステムが必要だということです。人間が使用、あるいは消費するモノやサービスを生み出すのが「動脈系」の役割です。これまでのマーケティングはこの「動脈系」だけだったのです。20世紀前半の産業を牽引した重厚長大産業を筆頭に、我々はこれまで環境や生態系への負荷を考えずにモノを作り続けてきました。エネルギーと資源は無限で、廃棄物も自然に分解されるだろうという大前提に立っていたからです。
 マーケティング体系も、この動脈系中心に作られてきました。欧米の典型的なマーケティングのテキストには、マーケティングシステムの基本的な構図が描かれています。それを見ると、財の流れは、部品や材料を提供する「供給業者」から、製品を作る「メーカー」、卸・小売りなどの「中間業者」、財を消費・使用する「最終需要者」へと一方向に描かれています。しかも、「環境」は、この流れの外側に置かれていて、物質の循環やエネルギーの再利用などはどこにも描かれていません。これが20世紀のマーケティングの世界観です。
 しかし、そういう発想はもう限界にきていることは明らかです。商品を生み出す動脈系だけでなく、これからは、廃棄やリサイクルといった回収作業を担うマーケティング体系が必要なのです。それを僕は「静脈系」と呼んでいます。

―― 静脈系マーケティングは、CSR(企業の社会的責任)や環境マーケティングと、どう違うのですか。

 CSRは経営論からのアプローチですし、環境マーケティングは僕の言う静脈系に近いですが、マーケティング体系全体を考慮していません。動脈系と静脈系のマーケティングがバランスよく機能し、サスティナブルな世の中を作っていく。今後は、そういうマーケティングの枠組み考えるべきだと思っています。
 もう少し具体的に言うと、静脈系マーケティングは、資源や熱エネルギーの効率的な還流や、農産物や工業製品のトレーサビリティを確保する仕組みをデザインするという方向になると思います。資源リサイクルやバイオマスなどのエネルギー素材を効率よく流通させるためのインセンティブを生み出す仕組みづくりも、その役割になるはずです。そういう実際のビジネスとしてきちんと回していけるような学問の体系にしていかなければいけないと思っています。

サスティナブルな生産流通へ

――ショッピングセンターから、ずいぶん話が遠い所に来てしまいましたが。

 これからのショッピングセンターはどうあるべきか、という点では関連していると思います。昔の日本やヨーロッパは農工商が小さい地域の中で閉じている自給自足の世界だったと言いましたが、僕は、静脈系の理想郷は人が密みつに暮らしているアジアやヨーロッパにあると思っています。人が疎そに暮らしているアメリカのような国では、物質循環という発想は生まれにくいのです。
 実際、江戸時代の日本や産業革命前の近世ヨーロッパは、地場製造業と流通サービスがバランスよく発達していました。それが、黒船来襲やヨーロッパの列強間の争いでバランスを崩していった。当時のグローバリゼーションが、物質循環の均衡を崩していったのです。
 ショッピングセンターは、アメリカが作った人工的な街です。しかし、そこに例えばPB野菜を入れることで、地域の中に循環が生まれてくる。それは、ショッピングセンターや食品スーパーが個性を持つと同時に、サスティナブルな生産流通の起点になるということでもあるのです。
2009 October

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