消費者の不安心理と消費行動

2017.09.19

明治大学 情報コミュニケーション学部教授 友野 典男氏

明治大学 情報コミュニケーション学部教授 友野 典男氏

1954年埼玉県生まれ。早稲田大学商学部卒、同大学院経済学研究科博士後期課程退学。明治大学短期大学教授を経て、04年より明治大学情報コミュニケーション学部教授。専攻は行動経済学、ミクロ経済学。主な著書に、『経済学の世界』(共著、八千代出版)、『行動経済学 経済は「感情」で動いている』 (光文社新書)。
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 人の消費行動や選択は一見不合理に見えるが、その不合理さには一定の傾向がある。行動経済学から、今回の不況と消費者行動はどう見えるのだろうか。

——今の不況をどう見ていますか。

 今回の不況に何か特別な意味を見出そうとしている人には、非常におもしろくない結論になってしまうのですが(笑)、モノが売れなくなっているということでは、バブル後の不況も、今の不況も、起こっていることは基本的に同じです。
 世代によって買う、買わないに差が出ているのであれば何らかの説明が必要ですが、全体として売れないのだったら、通常の不況期と変わりはないわけです。将来が不安な時に消費を控えるというのは、消費者としては当然というか、非常に合理的な行動で、今はまさにそういう状況が続いているということです。

―― バブル後の不況も、今回の不況も違いはない?

 行動経済学的な視点から今回の不況に対して言えることがあるとしたら、消費者心理の違いです。消費者の感じている不安が、バブル後と比べれば大きいかもしれません。
 例えば、バブル後には年金制度の崩壊は言われていなかったですし、派遣も専門職を除いてほとんど禁止されていましたから、雇用問題も今ほど深刻ではなかった。それから、バブル後の不況は日本だけでしたが、今回は世界同時不況でしたから、輸出にも期待できない。さらに、中国、インド、ブラジルといった国々が経済発展してきて、それも日本の脅威になっている。こうしたことから、将来に対する消費者の不安は今のほうが大きくなっているのでしょう。

――消費を活性化させるには、どうしたらいいでしょうか。

 今、日本が置かれている状況から考えると、すぐに景気が良くなるのは難しいかもしれませんね。ただ、消費者の不安を少なくしていくことは可能だと思います。
 行動経済学的には、こういう時には、インフレ誘導がいいということはわかっていて、実験でも確かめられています。給料が上がっても、一緒に物価が上がったら消費は拡大しないと考えるのが、これまでの経済学です。行動経済学では名目的な賃金が上がれば消費にプラスになると考えます。給料が10倍になっても物価も10倍になれば実質的には変わりません。そこで、消費も影響されないというのが合理的な考え方です。しかし、私たち人間は、給料が10倍になれば喜んで消費を増やすのです。

―― サラリーマンの平均年収もこの10年間で30万円減ったと言われていますね。

 今はデフレで、給料が下がって物価も下がっている状態です。逆に、給料が上がって物価が上がっても、実質的には変わらないわけですが、人間は給料を下げられる方、つまり損失に強く反応するんですね。やはり、お金があることが肝心なんです。消費者の不安解消のためには、そういう政策対応が必要だと思うのですが、残念ながら、それもあまり期待できない。その中で、企業はどうするかという状況にあると思うんですね。

なぜ特定企業が売れるのか

―― 不況の中でも、業績のいい企業はありますね。

 今売れている商品を分析すれば、確かに、みんなが買いたくなる要素は含まれていると思います。しかし、それは後追いの説明になってしまうし、売れている要因を探っていくと、当たり前の結論になってしまうことが多いんですね。
 例えば、今回の不況の特色として、「一人勝ち」ということがよく言われます。ファッションやファストフードなど各業種で特定の企業だけが売れている。こうした企業の共通点は、安くて、しかもある程度品質のいい物を提供していることです。そうしたものが売れるのは、ごく当然というか、非常に合理的とも言える。それを他の企業が追随できないから、今は、そういう企業が目立っているということです。
 ただ、消費者が商品の品質を本当に正しく評価して、そういう商品を選んでいるかというと、かならずしもそうでもないんです。

――どういうことですか。

 すべての消費者が、商品の品質を正しく判断して商品を買っているわけではない、ということです。
 最近は、特定の商品が売れることが、以前より極端になっています。映画もそうですし、本もそうです。それから、グローバル化やIT技術の進歩で、普通の人には品質がよくわからない商品が増えている。そういう中で、なぜ特定の商品に人気が集まるのかと言えば、ある程度商品の品質がわかる人が最初に「これいいよ」と言うと、ほかの人もみんな飛びついてしまう。自分ではその商品の品質がわからないから周りの評価に頼ろうという心理が働くわけです。
 さらには、ネットによって、口コミやうわさで、ある程度品質の良さそうなものに人気が集中するということが、いっそう加速しています。以前は、ネットが発達すれば情報に誰でもアクセスできるようになって、情報の不確実性が減ると言われていました。しかし事実は逆になっていると思いますね。

人は情報に振り回される

―― 消費者は品質がわからないというのは、実際に確かめられているのですか。

 ハサミの値段を聞く実験をしたことがあります。ルーレットを回してもらい、その数字が出てからハサミの値段を聞くという実験です。そうすると、ルーレットで大きな数字を出した人の方が、小さな数字を出した人より、推測するハサミの値段が高いのです。つまり、何の関連もない数字に推測する商品の値段が左右されるということなんです。消費者に商品の品質がわかっているなら、そういうことは起こらないはずです。
 この「人は情報に振り回される」という考え方が、行動経済学の基本にあります。では、なぜ人は情報に振り回されやすいかということですが、これは、人類の進化の過程が影響しているんですね。
 現代人は数万年の間、アフリカのサバンナで進化を続けたと言われていますが、最初の頃は100人ぐらいの血縁集団で暮らしていました。全員、顔見知りの血縁集団ですから、情報の信頼性は非常に高かったのです。そういう集団では、「あっちに行ったらうまいものがある」「こっちに行けば狩りがうまくいく」といった仲間の情報を疑わないで、従うのが非常に合理的だったのです。
 いちいち疑っても人に取られてしまうだけだし、嘘をついても、集団から排除されてしまうわけだからメリットもない。そういう狩猟生活が農耕文明の始まる1万年前まで続いたわけですから、とりあえず情報に飛びつくというのが、非常に根強い人の本能的行動になっているのです。年長者や権威、周囲の意見に従うというのも、血縁集団の中で作られてきた本能的行動です。

――口コミが効きやすいのも、そうしたことが影響している?

 人を騙すような人は、その集団の中にはとりあえずはいないという環境だったから、当然そうなるわけです。それを逆手にとって、広告も成立しているし、振り込め詐欺もはやるということなんです。
 それから、衝動買いも完全に本能的なもので、目の前にうまそうなものがあったら食べてしまうのが生き残るためには合理的だったからです。「あとで、食べよう」などと悠長なことを言っていたら、誰かに食べられてしまう。期間限定やタイムセールも、まさにその本能を突いています。そう考えると、売るための手法というのは、意外と人間の本能をうまく利用したものが多いということなんですね。

選択肢が多いと選べない

――最近の行動経済学で注目されている研究には、どんなものがあるのでしょう。

 リチャード・セイラーとキャス・サンスティーンの研究がありますね。『実践 行動経済学』という邦訳が出ています。経済学では一般的に人間は合理的な判断をする「ホモ・エコノミクス(経済人)」であるという前提の上で理論が構築されているのですが、彼らは人間を予測にバイアスがかかりやすく、誘惑に弱く、大勢の意見に無意識に同調する傾向があるということで、「ヒューマン」と呼ぼうと言っています。それから、少しおせっかいだとも思うのですが(笑)、そんなに人間は情報に振り回されやすいのだったら、気づかせないようにプラスの方向に誘導するすべきだという提言も行っています。
 この人々を強制させることなく望ましい行動に誘導するようなシグナルや仕組みのことをナッジ(nudge)と呼ぶのですが、最近は、こうした考えを政策や生活改善に生かしていこうという考えが出てきています。
 例えば、アメリカの学生食堂を使って、果物や野菜を学生に食べさせる実験を行っています。内容は非常に単純で、コンビニの棚と同じように、食堂の一番目につきやすいところに、野菜と果物を並べた。それだけで、みんな野菜や果物を余計に食べるようになったんですね。

――「野菜や果物をもっと食べましょう」と、言葉で言うより有効だということですか。

 そうなんです。それから、アメリカの401Kという年金制度がありますね。大企業の従業員を対象にした制度で、自分でどのファンドで年金を運用するか選ぶのですが、その実験があります。
 1つは、選択肢を多くして、それぞれのプランのメリットを比較して、自分で選べるようにしたもの。もう1つは、プランを絞って、お薦めプランも用意したもの。その両者で加入者がどれだけ増えるか比べてみたのです。すると、前者は面倒くさくて加入をやめたという人まで出てきてしまって、プランを絞った方が加入者は、はるかに多かったんですね。

―― 不況でも売れている企業を見ると、商品数を絞っているところが多いですね。

 銘柄の品揃えを絞るというのは、マーケティング的には、それほど目新しい手法ではないと思うのですが、売れている企業はそうしているところが多いと思います。
 一般には、お薦め商品があって、さらにお薦めから何通りか変更可能にするとか、4つか5つぐらいの商品しか置かないで、さらにその中でお薦め商品を置くという方が売れると言われています。それはなぜかというと、多くの商品を並べて好きなの選びなさいと言われると、消費者は選べなくなってしまうからです。これも、先ほどの「すべての消費者が商品の品質を正しく判断して商品を買っているわけではない」ということと関連します。進化の話で言えば、人類がサバンナで暮らしていた頃は、選択肢が山ほどあったから迷うなんてことはなかったはずなんです。人間は選択肢が多すぎると、対処できないようになっているんですね。
 少し前、アテンションエコノミー(注意の経済学)ということが言われましたね。メディアの普及で情報が供給過多になり、その中で人々の注意を喚起することが企業活動の中でも重要な役割を占めるという考え方です。これも、選択肢が多いと選べないということからきていると思います。周囲にどれだけ情報があっても、結局、人は自分が関心持って注意を払ったものしか見ていない。何か目を引くものに、人は集中しやすいということなんです。

消費行動の本質は変わらない

―― エコポイントは、不況対策としても有効だったと思うのですが。

 エコカーやエコ家電がエコポイントで売れたというのは、1つは得をするということで、当然だと思うのです。もう1つは、ステータスもあると思います。ハイブリットカーに乗るというのは、自分は環境意識の高い人間だというアピールになる。この集団の中で認められたいという意識も、かなり本能的なものだと思います。

―― 環境問題も、ナッジの考え方が有効かもしれませんね。

 「いいことだからやりましょう」と言葉で言うのではなくて、「環境にいいことをすると気持ちがいい」という方向にもっていくことでしょうね。それには、子供の頃からの教育が有効だと思います。なぜかというと、人間にとって周りに合わせることが本能的な行動だからです。
 我々の世代は、そういう育てられ方をしてこなかったから、環境よりも損得で動いてしまう。だから、エコポイントが有効なのですが、環境を守ることが自然な行為になるためには、長期的な教育計画が必要だということです。

―― 今回の不況は、そういう環境問題や情報社会への対応など、大きな時代の変化と重なっているような気がしますね。

 そういう意味では、経営は環境への適応ですから、今の不況という環境が、今売れている企業に適しているだけであって、景気が良くなったときにも売れるかどうかはわからないですね。一つのビジネスモデルにこだわるより、環境の変化に適応して、柔軟に仕事のやり方を変えられる企業の方が、生き残れる可能性もあります。
 当然、そうした環境の変化に対応して、人間も変わらなければいけない。ただ、人間が変わるには時間が必要なんです。例えば、我々が甘いものや脂肪が好きなのは、長い人類の淘汰の歴史の中で作られたものです。食べ物が少ない環境に適応して、甘いものや脂肪が好きな人間が生き残ってきた。今は飽食の時代ですから、そういう人間は、環境に適応していないと言える。それは、人類にとって飽食の時代が50年もないくらいで、進化の歴史からみたら点でしかないからです。そういう意味では、不況であれ、好景気であれ、人間の本質的な行動は変わらないとも言えるのです。
2010 April

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