これからのエリア・マーケティング

2017.09.19

経営コンサルタント 小林隆一氏

経営コンサルタント 小林隆一氏

1943年生まれ。産業能率大学リテイリング・マネジメントセンター、産業能率大学講師、鹿児島国際大学教授を経て、現在経営コンサルタント、プロフェッショナルネットワーク特別顧問アドバイザー。専門領域はマーケティング。主にチェーンストア、メーカー、JA、学校法人の経営コンサルタント業務に従事。産業能率大学マネジメントスクール「エリアマーケティング講座」「業務マニュアルの作成講座」講師を務める。著書に「『身の丈』を強みとする経営」(日本経済新聞出版社)、「ビジュアル 流通の基本」 (日経文庫) ほか多数。
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 これまでのエリア・マーケティングの成功事例が成り立たなくなっている。エリアという概念が希薄なネット通販の普及や人口減少による市場の縮小が、必要とされる店舗の条件を変えてしまったことが原因だ。産業能率大学マネジメントスクールで長年エリア・マーケティングセミナーを担当する小林隆一氏に、これからの小売業に求められるエリア・マーケティングの視点を聞いた。

── エリア・マーケティングは和製英語だと聞きますが。

 エリア・マーケティングを強いて定義すると、「地域性に対応したマーケティング」と言えます。マーケティングの考え方、技法はアメリカで確立したものですが、エリア・マーケティングという言葉自体は日本で作られました。マーケティングの本家アメリカでは、マーケティングを展開するに当たり、エリアにセグメントするのは当たり前のことなのでしょう。
 一方、日本は、国土は狭いのに、歴史と風土が育んだ多様な地域(エリア)で構成されており、嗜好や価値観が違う。そこでエリア別に対応するのが有効ということです。
 わかりやすい例がコンビニの「おでん」です。例えばセブン-イレブンは、全国を北海道、東北・信越、関東、東海、関西・北陸、中国・四国、九州の7地区に分けて、それぞれの地域に好まれるおでんの「つゆ」と「具材」を提供しています(図1)。エリアの区切り方は違いますが、ローソンやファミリーマートなども同じような対応をしていますね。日本は、地域によって味の好みにも違いがあるし、それが売上にも大きく影響するということです。

── エリア・マーケティングと通常のマーケティングとの違いは、どこにあるのでしょう。

 マーケティングは、「時代に対応した売れる仕組みづくりのための企業活動」でもあります。エリア・マーケティングは、地域単位での売れる仕組みづくりのための企業活動です。市場を全国一律の大きな括りで見るのではなく、行政区分や経済圏といった単位でエリアを括ることからエリア・マーケティングは始まり、地域単位の市場戦略がその基本になります。
 ところが最近、楽天やアマゾンなどネット通販が普及してきて、エリアという概念がなくなってきています。エリア・マーケティングはそういう業態には必要ないのではないか、という疑問が当然出て来ると思うんですね。
 それから、小売、メーカーを問わず企業が直面しているのは「市場の縮小」です。2006年をピークに日本の人口は減少に転じましたが、その頃から旧来の成功事例が役に立たなくなっています。エリア・マーケティングも例外ではないんですね。

セブン-イレブン宅配サービスの狙い

── 市場縮小時代のエリア・マーケティングの考え方というのは、どういうものなのでしょうか。

 これからの時代は、大きな企業戦略の下でマーケティングを考えていく。エリア・マーケティングは、その一つの手段と考えるべきだと思うんですね。まず、時代の流れを見定め、自らの市場ポジションと強みを生かした大きな戦略、事業展開を考える。その方針の下でエリア・マーケティング戦略を練り上げるということです。
 人口減少の原因は少子高齢化です。子供の人口は減っていきますが、核家族化で世帯数は増え、高齢者は2040年頃まで増えていきます(図2)。商売の鉄則は「増えていく市場を見つける」ことです。いろいろな業態で、こうした動きは出てきています。

── 具体例があるとわかりやすいのですが。

 例えば、セブン-イレブンが鹿児島県に初出店したのは2011年3月ですが、2014年2月末までに200店舗出店すると表明しています。鹿児島県は1980年代後半から人口減少が始まっている県で(図3)、高齢化も進み、県民所得もそれほど多い県ではありません。そこに3年間で200店舗出店するというのは、もちろん勝算があるからで、少子高齢化、核家族化への対応というマーケティング戦略に沿ったものと推察します。セブン-イレブンでは、事前に届けたカタログやサイトから電話やインターネットで500円以上の注文をすると配達無料になる宅配サービス「セブンミール」を始めています。配達時間帯は昼と夕方の1日2回で、近くのセブン-イレブンの従業員が直接商品を届けるという地域密着サービスで、他店との差別化を図っています。高齢化と核家族化の進行が著しい鹿児島では宅配サービスは特に有効です。
 また、札幌市内ではイトーヨーカドーが老人ホームや介護施設を巡回する移動販売を始めています。こうした動きの背景には、今後増えていく高齢者市場を取り込み、さらには買物弱者支援を通じて企業への信頼感を高めていこうとする意図がうかがえます。

人口2万人強の町に作られた巨大スーパーセンターA-Z

── そうした取り組みは、全国展開の企業が積極的なのでしょうか。

 今年3月まで鹿児島国際大学で教えていたのですが、鹿児島は非常におもしろい地域です。鹿児島市から車で1時間半くらい行った阿久根市に「A-Z(エーゼット)スーパーセンター」という24時間営業の大型スーパーがあります。阿久根市というのは人口2万2千人の小さな町で、周辺の町を加えても商圏人口はせいぜい5万人です。ところが、千客万来なんです。

── なぜですか?

 まず、生鮮食料品から日用雑貨、大工道具、自動車販売、セルフ式ガソリンスタンド、車検まで取り扱っていることです。取り扱い品目は30万点に及びます。それから、片道100円の送迎バスがあり、電話予約すれば1人暮らしの高齢者や、移動手段を持たない住民も来店することができます。帰る時も、購入した商品を玄関先まで運んでくれます。体の弱いお年寄りは非常に助かる。
 しかも、かなりの田舎なのに24時間営業で、夜9時から翌朝7時までの売上が3割を占めているのです。なぜかというと、鹿児島では子育て世代の多くが共働きをしている。そこで家族そろっての買物となると、夜間ということになります。私も実際目にしましたが、夜遅く夫婦そろって子ども連れで「A-Z」に買物に来る客が多いんですね。

コメリの小型ホームセンターとネット活用

── ネット通販にエリアマーケティングは必要なのでしょうか。

 ネット通販には「全国」という市場しかないように見えます。しかし、ネット通販にはエリア・マーケティングは必要ない、あるいは実際に地域戦略を立てていないかと言ったら違います。エリアとは一見無関係なネット通販の会社でも自社が強いエリアはどこか、弱いエリアはどこか、今後力を入れるべきエリアはどこかなど勢いのある企業ほど明確な戦略を立てています。ただ、それが公言されることが少ないことから、一般的には外部から見えにくいということなんですね。

── 既存のスーパーでも最近はネットスーパーに取り組むところが増えていますが。

 有店舗(リアル店舗)にとってネット通販が、もう無視できないところまで成長してきているということです。そこでネット通販をリアル店舗とどう関連づけて収益を上げていくかという工夫が必要です。
 ネット通販をうまく既存の業務に組み込んでいる企業にホームセンターのコメリ(東証1部)があります。新潟市に本社を置く会社ですが、DIY用品と農業用品に特化した小型ホームセンター「ハード&グリーン」948店を中心に全国に1133店を展開しています。「ハード&グリーン」は、一般的なホームセンターの売場面積が1000坪以上なのに対し、3分の1の300坪です。そこに16,000種類の商品を置いています。 当然、一般のホームセンターより品数は少ない。それを補っているのがネット通販です。
 コメリでは、店に行くと、通販サイト「コメリ・ドットコム」の端末が置いてあって、13万点の商品から選べるようになっています。お年寄りには店員が代わりに商品を探してくれます。もちろん、店に行かず家からでも買えます。商品の受け取りは自宅と近くの店舗のどちらでも選べるようになっていて、店舗を選んだ場合は送料無料です。来店を促すと同時に、宅配コストも削減しているんですね。さらにコメリの魅力は、ツケで買物ができることです。JAの預金残高はメガバンク並みと言われるくらい農家の貯蓄額は多いのですが、農作物の出荷後まで現金が入りません。貯金をわざわざ下ろして買うというのも、農家の人は嫌います。そこで、コメリは「農協からの入金後で結構です」と掛け売りをしています。しかも、値段は現金払いと同じです。「コメリは安くて便利」となるわけです。そういうことは、たちまち口コミで広がる。これがマーケティングですよね。

── コメリが小型ホームセンターにこだわっている理由は、何ですか。

 一般的なホームセンターは最低でも3万人、普通は5万人以上の商圏に出店します。これ以下の規模だと商売が成り立たないんですね。ところが、コメリのDIYと農業用品に特化した「ハード&グリーン」は、人口1万人程度の農村地域でも成り立ちます。農業に従事している人の平均年齢は65歳を超えています。家から遠い大型店のホームセンターより、「ハード&グリーン」のように、家の近くにあるこぢんまりした店の方が、はるかに重宝なんですね。

効率優先の店舗から地域に無いと困る店へ

─ これまで紹介していただいた事例には、共通項があるような気がしますね。

 今までの商売は「効率」を優先してきました。POSシステムを入れて「売れ筋」をチェックし、「死に筋」を排除していった。しかし、POSシステムは“売れたデータ”しか見ていないわけで、店にない商品の判断はできません。POSシステムも万能ではないということです。
 ところが、鹿児島の「A-Zスーパーセンター」に行くと、安いものから高いものまで醤油だけでも何十種類も置いてある。「非効率主義」が徹底されています。アマゾンは滅多に売れないような本も在庫として抱えていて、街の大きな書店にもないような本もアマゾンに行けば手に入る。それと似ています。
 鹿児島市内にはコンビニもあり、大型スーパーもできて、最近は商業施設も充実しているのですが、その鹿児島市内からも1時間半かけて「A-Z」に来るお客さまがいるんですね。しかも、足腰の弱くなったお年寄りは買物には二の足を踏むと言われていますが、「A-Z」にはお年寄りが大勢来店しています。お年寄りの集会所、今はやりの言葉で言うならコミュニティーのようです。テレビ売場で1日中、テレビを見ているお年寄りがいても、店員にとがめられることはありません。お年寄りのために運行しているバスも、採算ベースで考えたら成り立つかどうかです。
 それと同じで、札幌のイトーヨーカドーの老人ホームや介護施設への移動販売も、効率を考えたら成り立ちません。1万人の農村に立地するコメリの小型ホームセンターも同じです。その店が無くなったら地域の人たちが困る。そういう小売の店づくりの姿勢が、地域に住む人々の共感と信頼を生み、その結果としてお客さまをリアル店舗に呼ぶわけです。効率とはまるで違う尺度が、これからの小売には求められるのです。
記事作成:2013 October

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