見えない顧客ニーズをつかむ組織の作り方

2017.09.19

法政大学経営大学院教授/日本マーケティング協会理事長 嶋口 充輝氏

法政大学経営大学院教授/日本マーケティング協会理事長 嶋口 充輝氏

1967年慶應義塾大学経済学部を卒業し、フルブライト奨学生として渡米。75年慶應義塾大学、ミシガン州立大学の修士・博士課程修了後、経営学博士(Ph.D.)。78年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授、87年同教授、2007年同名誉教授。同年法政大学経営大学院教授に就任。現在、日本マーケティング協会理事長。この間、ルーベン大学(ベルギー)、ウエスタン・オンタリオ大学(カナダ)、モスクワ大学(ロシア)の各大学院客員教授を歴任。The DistinguishedAlumni Award of Michigan State University 受賞(04年)。
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 世界的金融不況に見舞われている。厳しい経営環境の中で、企業は21世紀を生き抜くための変革が求められている。日本のマーケティング研究の第一人者、嶋口充輝教授は、マーケティングの本質はオプティミズム(楽観主義)だと言う。経営機能の中で唯一成長を司る機能がマーケティングだからだ。見えない顧客ニーズをつかみ、マーケティングを組織の力とするには、どうすべきか、その道筋を聞いた。

今こそ事業再生の好機

―― 昨年から企業は厳しい経営環境にさらされていますね。

 確かに非常に厳しい状況ですが、マーケティングは元々非常にオプティミスティック(楽観的)で、どんなに経営環境が厳しくても必ずチャンスがあると考えるものなのです。なぜかというと、マーケティングだけが経営機能の中で唯一成長を司るからです。労務は人員削減を考えなければならない時もあるし、財務は資金繰りに悩む時もある。しかし、マーケティングは成長志向が基本です。
 1958年にハーバード大学のセオドア・レビットが、「ブルースカイ・アプローチ」ということを提唱しました。どんなに雨雲がたれ込めていても、それを突き抜けて雲の上に出れば無限の青空が広がっている。雨雲の下だけを見て「経営努力の限界だ」「景気が上向かない」と言っているのは、考える頭がないだけだということなんですね。
 そういうことを実務に携わっている方に言うと、「そう言われてもねぇ」という反応が多い。でも、こういう厳しいときだからこそ、次を見た方がいいと思うんですね。
 この10年、中国の台頭などもあり、日本はこっぴどくやられてきた。日本の経済発展が世界に恐れられた80年代後半に、「ジャパンバッシング(日本たたき)」が起きましたが、90年代に日本経済が停滞した時には「ジャパンパッシング(日本素通り)」と言われ、ついには「ジャパンナッシング(日本無視)」「ジャパンヴァニシング(日本沈没)」「ジャパンミッシング(日本消滅)」と、本当に滅茶苦茶な言い方をされてきました。
 今も、アメリカに端を発したサブプライム問題から世界的に不況になっていますが、考えようによっては、これは事業再生の非常にいい環境をもらったようなものだと思うのです。過去を振り返れば、日本の産業は、ジャパンバッシングのような外圧だけでなく、敗戦や石油ショックなどの厳しい時に力を発揮して、次の成長を作ってきました。今回の不況も新しい成長の機会だととらえるのが、マーケティング的な思考なんです。

マーケティングの役割の変化

―― マーケティングは、最初から楽観主義だったのですか。

 20世紀初頭にマーケティングはアメリカで生まれていますが、「成長の仕組みをどう作るか」という本質は変わらないですね。ただ、その役割は、時代によって変わっています。初期のマーケティングは極めて現場に近いところから始まっていて、今のように企業全体をどう成長させるかという視点はなかったのです。企業が小さいうちは、それでもよかったんですね。

――日本のマーケティングは販売促進だと今でも言われることがありますね。

 日本にマーケティングの考えが入ってきたのは経団連が1955年にアメリカに調査団を派遣してからですが、マーケティングの考えというのは、時代の流れに翻弄されやすいところがあります。
 メーカーが製品計画をマーケティングと言っていた時代もあったし、流通がマーチャンダイジングをそう呼んでいた時代もありました。広告を打てばモノが売れたころは、広告がマーケティングと言われていました。成長の仕組みを考えるには科学的視点が大事だということで、マーケティングはリサーチだと言われた時代もあったんですね。マーケティングが、それぞれの代名詞に使われていたんです。
 一方で、高度経済成長で企業も規模が大きくなり、たくさんの製品を持つようになった。その全体を管理しなければいけないだろうという考え方が出てきます。
 そこで出てきたのが、「マーケティングマネジメント」という考え方です。プロダクトマネジャー、マーケティングマネジャーと呼ばれるミドルマネジメントの立場からマーケティングを見直そうという考え方が出てきたんです。
 この中心になったのが、1961年にジェローム・マッカーシーが提唱した4P理論です。製品計画、価格、流通、販売促進と、今までバラバラだったものを統合していく動きが出てきた。どういう製品を作るか、いくらにするか、流通(チャネル)はどうするか、販売促進はどう展開するか、つまり4つのP(プロダクト、プライス、プレース、プロモーション)で成長の仕組みを考えるようになったんです。高度経済成長期というのはマーケティングマネジメントの全盛期だったのです。
 その後、この考え方を充実させていった代表がフィリップ・コトラーです。すなわち、「消費者行動を観察しながら、4Pの1つ1つを精緻化して実行し、最終的には全体をコントロールするのがマーケティングだ」という考え方です。これが最近までマーケティングの本流のように考えられてきました。だから、マーケティングはミドルマネジメントの管理技術という位置づけが一般的になってしまったんですね。
 それを否定するわけではないのですが、そろそろマーケティングをより上位の概念、経営と一体化した機能という位置づけに戻さないといけない時期にきているというのが、私の考えです。そうでなければ、真の顧客志向は決して企業に根付かないと思うんですね。

ドラッカーと顧客の創造

―― マーケティングを経営と一体化した機能に戻さなければいけないということは、以前は一体化していたということですか。

 近代的なマーケティングというのは1950年代に始まるのですが、それは経営学から出てきたものです。そのころは、マーケティングは経営の一部だったんです。
 その代表がピーター・ドラッカーで、彼は『現代の経営』(1954年)で「事業の二大機能はマーケティングとイノベーションである」と言って、マーケティングを事業の中核的な機能と明確に位置づけています。
 ドラッカーのすばらしいところは、理論経営学ではなく実践経営であるという点です。実践経営というのは、実務の人たちに理解してもらえるだけでなく、共感を得られなければいけない。
 ドラッカーは、事業の基本命題は永続性であり、今を起点に一瞬の休みもなく営み続けなければならないと言っています。これを唯一保証してくれるのが収入で、収入から支出を引いたものが利潤です。この収入を作る役割「収入創出機能」がマーケティングだと言っています。だから、事業は収入を作ることが一番重要だと言ったんですね。
 ところが収入というのは経済学や会計学の抽象概念ですから、実務家にはわかりにくい。それでドラッカーは、お客さんを作りなさいと言ったんです。つまり「顧客の創造」が事業にとって一番重要だと50年前に言ったんですね。ドラッカーは、哲学的な洞察で事業のメカニズムを明らかにすると同時に、それをうまく実務家にコミュニケートしていったんです。

競争優位という考え方の台頭

――「顧客の創造」が大事だと言うのは、最近になって言われ出したことだと思っていたのですが。

 顧客志向は昔から言われていることです。4P理論が言われ出した60年代のマーケティングも、経営のテーマはほぼ顧客志向だったのです。ただ、市場にまだフロンティアがたくさんあった50年代と違って、競争環境という考え方が生まれてきて、差別化が必要であるという話になってきました。

―― 60年代のマーケティングは、ミドルマネジメントの管理技術という側面はあっても、基本は顧客志向だったわけですね。

 そうです。それが、70年代後半になってくると、高度成長は影をひそめ、環境問題なども登場して、市場というパイは限られたものであるという考えが出てきて、競争環境というとらえ方が重要であると思われるようになったわけです。企業の価値を高めるためには、競争優位を高めるしかないという信念が台頭しました。
 マイケル・ポーターに代表される競争優位の戦略という考え方は、このとき隆盛を極めました。戦略市場経営が重要であり、企業が成長していくためには、シェア争いに勝利するしかないという戦争型の競争が重要とされたのです。
 消費者をリーダー、チャレンジャー、ニッチャー、フォロワーに分割する考え方や、ROI(投資収益率)が重視され、そのROIを高めるにはシェアを大きくしなければならないと言われ始めたのがこのころです。

「戦争型」から「恋愛型」へ

―― 先生は、企業の競争環境が、最近はシェア争いの「戦争型」から顧客とのリレーションシップを重視する「恋愛型」に変わってきたと言われていますね。

 競争優位という概念は、今でもマーケティング戦略で重要だと思います。ただ、2000年ごろを境にして、その中身はずいぶんと変わってきました。1つの大きな変化は、それまでの市場シェアをベースとした「戦争型の競争」のウエイトがだんだんと低くなり、それに代わって「恋愛型の競争」が重視されてきたことです。言い換えれば、競合他社との相対的な競争ではなく、顧客との間の絶対的な競争にそのウエイトが移ってきたんですね。なぜなら、いくら相手を叩いても、肝心の顧客から好かれなければ意味がない時代になってきているからです。
 なぜそうなったかというと、現代の競争は、以前と違って競争相手がはっきりわからなくなっているからです。同じ業界のナンバーワンに打ち勝つといった単純な競争の図式が、見当たらなくなっているんです。
 例えば、コンビニとファストフードは“中食”という部分で競合になります。食生活という軸でとらえれば、“内食”を担っていたスーパーも、ミールソリューションで“中食”に進出してきました。“内食”や“外食”との差別化から生まれたはずの中食産業自体が、それらと競合関係になってきたのです。
 こうなると、競合に対する競争優位という考え方は非常に難しくなります。そこでもう一度、原点である顧客に意識を戻すべきだという話になっていったわけです。日本でも、そういう傾向が顕著になってきたので、私は恋愛型競争の時代になったと言い始めたわけです。

競争の仕組みが大事な時代

―― その恋愛型競争というのは、具体的にどういうものなのですか。

 戦争型から恋愛型というのは、非常にシンボリックな意味で言っています。恋愛といっても、最近はいろいろな形の恋愛がありますが、私が言っている「恋愛型」というのは、ちょっとクラシックな恋愛です。最終的には、顧客と長期的なリレーションシップを構築し、お互いが満足できて、そしてよき夫婦になっていく、そういうプロセスの恋愛です。
 そのためには、「あっちの店よりも安い」「そっちよりも品揃えがいい」「こっちの商品が優れている」などという1つ1つの差別化ではなくて、仕組みが大事になってきます。顧客の視点からニーズをしっかりとらえていく、顧客と長くつきあうための制度を整えるなど、仕組みで競争する時代になっているのです。

―― 実際に、戦争型と恋愛型では業績に差が出ているのですか。

 日本マーケティング協会で2000年と2004年の2回にわたり、21世紀の優良な事業展開の課題とあり方を探ろうという目的で「マーケティング・イノベーション21」という企業経営者を対象にした大規模調査を行いました。その結果でも、業績の良いところほど顧客志向型で、業績がもう一歩のところほどライバルとの関係やシェアを重視する割合が高いという結果が出ています。
 恋愛というのは、相手の立場になって思いやりを持って対応することです。リレーションシップ、つまり関係性を大切にしていかなければいけない。それから、恋愛というのはパートナーシップですから、顧客と同じ目線で対話し、新しいソリューションや価値を作っていくことも重要です。
 競争に優位を築くためには、成功事例と自らの現状課題を比較し、改善や改革の方向性を見出す「ベンチマーキング」や、顧客に対して組織内外の最高のアプローチを行っている実践例を見つけ出し、それに学ぶという「ベストプラクティス」を探すことが求められている。そういう時代になっていると思います。

顧客ニーズがわからない時代

―― 恋愛型アプローチで成功している企業には、どんなところがあるのでしょうか。

 例えば、文房具などオフィス関連製品の通信販売を手がけるアスクルは、08年4月から大企業向けに「SOLOEL(ソロエル)」というワンストップ共同購買プラットフォームを立ち上げました。今までは「明日来る」というスピードを重視した中小事業所の購買業務代行で成功していたのですが、企業の一般消耗品全般を扱うようになっています。単に購買代行だけでなく、購買コスト削減のコンサルティングなども行うようになった。その一方で、「ぽちっとアスクル」という個人向け通販も開始しています。そういう発想は、顧客とのリレーションシップがないと、見えてこないと思うのです。

―― 今は、その顧客ニーズが見えにくくなったと言われていますね。

 だから、顧客と一緒になって考えて、商品やサービスの新しい概念を作っていくのが今の時代なんです。調査をしても顧客のニーズが読めなくなっているから、リレーションシップを組むしかないんですね。

―― なぜ、調査で顧客ニーズがわからなくなってきたのですか。

 調査で顧客ニーズが分かるとマーケティングがずっと嘘をついていたんです(笑)。というのは言い過ぎかもしれませんが、モノが欠乏していた時代は、調査をしなくてもニーズはわかった。戦後すぐのころは、穴の開いた鍋も飛ぶように売れたという話を聞いたことがあります。
 少し豊かになって、テレビが欲しい、洗濯機が欲しい、自動車が欲しいというモノ志向の時代は、できるだけ良いモノを安く作れば売れた。世の中を見ていればトレンドがわかるし、その方向で最大の努力をして、より良いモノを作ればよかったんです。
 ところが、「良いモノとは何か? 」という基準が、今は崩れてしまったんです。例えば、昔の結婚条件は高学歴・高収入・高身長の三高だった。親と同居じゃなくて、資産があれば言うことなし。今はそうではないですよね。本当にお互い好いたもの同士が一緒になって、協力しあって、将来に向かって家庭を築いていく。では、そういう結婚の条件は何かと言われてもよくわからない。そういう時代になったんです。

試行錯誤でニーズを探る

―― 調査でわからないニーズをどうやって知ったらいいのでしょうか。

 青梅慶友病院という高齢者専門病院があるのですが、そこでは「100万円予算」ということをやっています。全部で13病棟あるのですが、各病棟ごとに毎月100万円を使い切るようにしている。
 なぜこんなことをするかというと、若い職員にはお年寄りのニーズがわからないからです。そのために、お誕生会でもいい、習字コンテストでもいい。とにかくいろいろやってみなさいという予算なんです。
 習字のコンテストを毎月やるわけにもいかないので、若い職員は居酒屋の模擬店をやったり、ペットの持ち込みを実験的にやってみたり、いろいろと試行錯誤をする。とにかくお年寄りとリレーションシップをとって、これでこんなに喜んでくれた、これは全然駄目だった。それを取捨選択することが目的です。
 私はこれを聞いたとき、私の恩師が話してくれた例を思い出したんです。資産家で教養もあるおばあちゃんが、ある高所得者向けの高齢者施設に体験入所した話です。家族は、きっとおばあちゃんは大喜びで帰ってくるだろうと思っていたら、「あそこは最低だ」と言ったらしいんです。
 そのおばあちゃんは、のんびりしようと思って体験入所に行ったのです。ところが、施設の若い職員に「みんなで歌を歌いましょう」と集められ、しかも「どんぐりころころ」や「ちいちいぱっぱ」を歌わされ、1日気分が悪かったと言うんです。
 若い職員はお年寄りは寂しいだろうから、みんなと一緒にいるのが楽しいだろう。ちょっとボケも進んでいるから童謡が一番いいだろうと思ってやっている。言い換えれば、顧客中心に、顧客満足のためにやっていると思っていたけれど、かえって顧客が望むことと反対のことをやってしまっている。だから、ニーズが読めなかったら、自分勝手な推測ではなくて、まずやってみろということなんです。
 先ほどの青梅慶友病院のペットの持ち込みでわかったことは、今のお年寄りが高齢者施設に入るときに一番抵抗するのは、ペットと別れることだということです。息子や娘よりずっとペットの方がかわいいという方が多いんですね。
 そうすると、本音はペットと別れたくないから入所したくないのに、そんなことを言ったら家族から猛反対されるから、反対しにくい理由を考えるんです。例えば「お父さんと2人で作ったこの家の畳の上で死にたい」とか。そうすると、家族はもうちょっと入所を先に伸ばそうという話になる。しかし、本音は全然違うところにある。それに気付くことが「ニーズがわかる」ということなんです。そのために、試行錯誤してみろということです。

―― 顧客ニーズを探るには、顧客とリレーションシップをとる以外に方法はない?

 コンビニエンスストアは、そういう試行錯誤を仕組みとして持っていますね。ニーズが読めない、つまり何が「売れ筋」なのかわからないから、商品をどんどん狭い店に並べて、POSデータで検証するというシステムを作っています。それによって、「死に筋」と「売れ筋」を分けて、それに顧客の目を引く「見せ筋」を加えているのがコンビニエンスストアです。ただし、そのためにはそういうシステムを作るための投資がいります。
 それから、試行錯誤が意外とヒット商品になるというのは、アメリカより日本の方が多いんですね。アメリカのメーカーは新製品を出して売れなければ、すぐそれを諦めて、また新しいものを作る。日本のメーカーは、一回出して売れなくても、モデルチェンジをしながら顧客のスイートスポットにだんだん持っていくことが多いのです。
 一時モデルチェンジはムダだという議論がありましたが、見えない顧客ニーズを探るという意味で、モデルチェンジは有効だと思っています。
 また、モデルチェンジではなく、売り方の試行錯誤もあります。少し前の例になりますが、TOTOのシャンプードレッサーは、正にそれです。深くて幅の広いシンクは歪みが出やすいのですが、TOTOはそれを技術的に解決して大型の洗面台を作った。事前調査の結果、主婦がちょっとした小物を洗濯をする時に便利だろうということで売り出しましたが、全然売れなかったんです。
 それで、社員に割引して譲ったら「うちの娘が、朝、そこで髪を洗う」という話が何件か出きた。それを朝のシャンプーにということで売り出したら、爆発的に売れたんです。消費者に直接、それまでなかった商品のニーズを聞いてもわからない。だから実際に売ってみてから、売り方を試行錯誤することが大事なのです。

メーカーの論理、流通の論理

――コンビニエンスストアのPOSシステムによって、商品寿命が短くなった。商品の多産多死を生んでいるという批判もありますね。

 流通の役割は顧客の購買代理です。お客さんの買い物のお手伝いをするということですから、それはそれでいいんです。
 以前、何人かの研究者と一緒に、大手量販店の商品部長に集まってもらって、メーカーと流通の対応についてヒアリングをしたことがありました。その中に菓子担当の商品部長もいて、かりんとうの話が出ました。かりんとうは、日本固有の非常にすばらしい菓子です。
 ところが、参加した量販店の中で1社だけ、うちは扱いませんというところがあったんです。「それは菓子の専門店で扱っているから、我々の店舗には置きません。たまに売れても品質が劣化するだけですから」と言うんですね。それが流通のロジックです。
 だから逆に言うと、流通業とメーカーは大いに喧嘩して構わないのです。流通業は商品に愛情を持つのではなくて顧客、お客さんに愛情を持てばいい。逆にメーカーは、商品に愛情を持たなければいけない。どう作るかを真剣に考えて、そこに自分のブランドをしっかり確立すること、これがメーカーのやるべきことです。
 メーカーは、マーケティング機能を駆使して、未来の売れ筋商品を見つけて開発する。それと同時に、流通のニーズをいち早く汲み取り、それを全組織で共有して、そのニーズを満たすべく体制を構築する。そうすることによって、顧客の購買動向を基点にしたデマンドチェーンがはじめて実現できると思うのです。

組織としての競争力の時代

―― 顧客志向を企業に定着させるには、どうしたらいいのでしょうか。

 今までは、顧客志向、市場志向の優れたリーダーやプロダクトマネージャーがいれば済んでいたところがあったのですが、これからは組織の力が問われる時代になるというのが私の考えです。
 今までも、市場調査部門や営業部門は顧客志向でした。しかし、これからは研究開発部門から生産部門、経理部門に至るまで、組織全体が顧客に向き合うようにやらなければ組織能力にならない。また、そういう価値観を社内に浸透させることが、これからのリーダーの役割になってくると思います。
 そうなったときに、組織は顧客ニーズに裏打ちされた筋肉質の組織になるということで、私はこれを「マーケティング・マッスル」と言っています。「組織としての競争力」ということは、アメリカでも非常に重要なテーマになってきているんですね。
 なぜかというと、60年代の顧客志向と現在の顧客志向は同じものではないからです。60年代当時は高度経済成長期であり、市場は右肩上がりで広がっていました。そのため、何か目新しさ、斬新さを出すことができればそれでよかったのです。極端にいえば、それはデザインの秀逸さであったり、キャッチフレーズや広告の魅力でもよかった。潜在的な需要はあったので、良質の刺激を与えれば市場は敏感に反応したんですね。
 ところが、現在は当時とは比べものにならないほど競争が熾烈です。顧客の維持も創造も簡単ではありません。60年代とは比べものにならない精度で顧客価値を提示しなければならない。組織で対応しなければ、難しくなっているんですね。

――マーケティング・マッスルというのは、具体的にはどういう組織になれということですか。

 ①場のニーズを取り込む力、②それを組織全体で共有する力、そして③素早く反応する力、この3要素がマーケティング・マッスルです。先ほど言った2004年の「マーケティング・イノベーション21」の調査でも、この3要素が高い企業ほど、業績がいいことが確かめられています。

―― マーケティング・マッスルが強い企業というのは、例えばどんなところでしょう。

 『熱さまシート』『アンメルツヨコヨコ』などで知られる小林製薬は、組織的努力をしてますね。「あったらいいなをカタチにする」をコーポレート・スローガンにしていますが、企業は技術力がすべてではないことを体現している企業です。
 『全社員提案制度』があり、社員が新製品や社内の改善の提案を出し合い、中には月に10件以上ものアイデアを出す社員もいる。しかも、社員の家族が出したアイデアまで全部カードにして登録しているんですね。それを組織として取り込む検討委員会を作って検討し、さらに、いい案を出した社員にポイントが与えられ、社長から直接『社長ホメホメメール』という称賛メールが送られてくる。
 また、商品を消費者に分かりやすく伝えるため、商品名も「覚えやすくリズム感があり1 秒でわかる」を基本にしています。だから、『のどぬ〜るスプレー』などの面白いネーミングの商品が次々と出てくる。
 このように、社員の向上心を伸ばし、よりいい製品案が生まれるように絶えず努力している。小林製薬は、マーケティングが組織能力になっている。言い換えれば、マーケティングの筋力、マーケティング・マッスルが非常に強い企業なんです。

企業にアンビションを

―― 先ほど顧客志向の価値観を社内に徹底させることが、これからのリーダーの役割だとおっしゃいましたが。

 今、経営理念がもう一度見直されているんですね。企業は過去に生きる存在ではなくて、未来に向かって進むものです。未来に夢を描かなければいけない。これまでは、そのために一番重要なものが経営理念だと言われてきました。ですから、一時はビジョン経営や理念経営が強調されたのです。
 しかし、経営理念は「和をもって尊しとなす」「顧客第一主義」などのように抽象度が高いものが多く、極論すれば、組織や人の生き方として当たり前のことが一般的です。しかも、失われた10年があったことで、「効率経営」「コスト最優先」など最近は重箱の隅を突くような経営理念も多くなっていました。
 昔のように社員が勤勉な仕事人間ばかりだったら、そういう経営理念でも組織を1つにまとまることができたのですが、今は人それぞれ価値観がバラバラですから、抽象度が高い経営理念だけだと、組織のベクトルを合わせるのが難しくなっているのです。
 もう1 つ、企業が進むべき方向を示すものに企業戦略があります。しかし、これも財務的数字に裏付けられた長期目標達成のための戦略計画です。モノやサービスが不足していた時代には、こうした緻密で計画的な「堅い戦略」も重要だったのですが、現在のように変化に富む成熟した市場を抱える時代に組織の進むべき方向を指し示すには不向きです。
 そこで私は、経営理念と企業戦略の間に、その企業が進むべき方向性や価値創造のあり方をアバウトに示した「柔らかい戦略」がこれからは必要なのではないかと考えています。私はこれを、「アンビション」と呼んでいます。

――クラーク博士が言った「Boysbe ambitious」のアンビシャスと同じ意味のアンビションですか?

 大志とか夢、高こう邁まいな目的意識といった意味ですね。今は、組織のメンバーが、その旗印の下に集い、その方向性に従って、自分が何をなすべきかを考え、独自の判断と創意工夫で組織に貢献するような余地を残した戦略が必要だと思うんです。しかも、外部の者が聞いても、漠然とではあっても、その方向性がイメージできるものが。

―― 企業スローガンに近いものだと考えていいのでしょうか。

 そうです。成功している企業には、常に自分たちがこうしたいという強い思いがあります。国も1つの組織体だとすれば、明治政府の「富国強兵」も、池田勇人前首相の「所得倍増論」もアンビションです。富国強兵によって日本は近代先進国の仲間入りをし、所得倍増論で経済大国になった。それぞれの時代背景の中で、日本が進むべき方向を示してきました。しかし、今の日本にアンビションはあるか、ということです。
 だから、冒頭の話に戻りますが、今こそ、マーケティングは「成長の仕組みを作る」という本質に立ち返るべきなのです。マーケティングは企業の中で唯一成長を司る機能です。経済環境がどんなに厳しくても、未来を創造するために何をするかを考えるのがマーケティングです。そして、それを組織の力とするために、誰もがそこに集えるような旗印、アンビションが今こそ必要とされる時なのです。
記事作成:2009 January

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