「インサイト」を知ればマーケティングも変わる

2017.07.21

インサイト 代表取締役 日本大学 非常勤講師 桶谷 功 氏

インサイト 代表取締役 日本大学 非常勤講師 桶谷 功 氏

大日本印刷を経て、外資系広告会社でハーゲンダッツ、Schick、ディズニービデオなどのブランド育成に携わる。2010年に独立し、株式会社インサイトを設立。インサイトを核にマーケティング全般のコンサルティングを行っている。日本大学非常勤講師。日本広告学会会員。著書に「インサイト」「『思わず買ってしまう』心のスイッチを見つけるためのインサイト実践トレーニング 」(共にダイヤモンド社)、「ショッパー・マーケティング」(共著:日本経済新聞出版社)。インサイト:http://insightmaster.co.jp/
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 広告やマーケティングの世界では「インサイト」という言葉が当たり前に使われるようになってきた。しかし、その意味はというと、かなり曖昧だ。本来のインサイトとは何か。インサイトはマーケティングをどう変えるのか。インサイトの第一人者、桶谷功氏にショッパー・インサイトの現状も含めて聞いた。

—— 企業を対象に講演されることが多いと思うのですが、「消費者インサイト」に対する認識は進んでいるのでしょうか。

 半数以上の企業の方が「消費者インサイト」「コンシューマー・インサイト」という言葉は知っていますし、マーケティングに活用しているという企業も2、3割はあると思います。最近は、広告会社や調査会社も、インサイトという言葉を使わないとスキル不足を感じてしまう時代になっています。
 ただ、そのとらえ方はまちまちで、中途半端な理解のまま言葉だけが広まってしまったところもあります。例えば、今までのアンケート調査や製品の愛用者カードなどを元にしてインサイトに取り組んでいるというところもあれば、広告会社から今の消費者のトレンドを聞いて、インサイトに取り組んでいるという企業もある。インサイトという言葉を、「消費者を理解する」というレベルでとらえている企業がまだ多いというのが実感です。

—— 本来の「消費者インサイト」とはどういうものなのでしょうか。

 簡単に言えば「消費者のホンネ」のことです。ただ、ホンネのすべてがインサイトかというと、そうではありません。ブランディングやマーケティング活動のアクションにつながるものに限られます。そうでないものは、いくら消費者のホンネであってもインサイトではありません。消費者自身が気づいていないような深層心理の中で、マーケティング活動に活用できる「心のホットボタン」がインサイトです。
 インサイトは最初は消費者インサイトを探ることから始まって、今は店頭のショッパー・インサイトを探る段階にまでなってきています。「消費者インサイト」であれば、「思わずその商品が欲しくなるポイント」のことですし、「ショッパー・インサイト」であれば、「売場の前を通りかかったときに、『あ、これ、いいな。欲しいな』と思うポイント」ということになります。そのポイントをとらえて、商品開発やコミュニケーション、店頭プロモーションをするのが本来のインサイトです。

なぜインサイトなのか

——インサイトという考え方は、いつ頃から出てきたのでしょうか。

 海外では80年代、日本では90年代から広まったという実感があります。 ただ、当初、国内でインサイトをマーケティングに活用していたのは外資系の企業や広告会社に限られていました。日本の広告会社が使うようになったのは90年代後半だと思いますね。
 インサイトが注目された大きな背景としては、商品を出せば売れる時代ではなくなったことがあります。一昔前は、それなりのクオリティーの商品を作って広告し、店頭に並べれば売れましたが、最近は、そもそもモノが欲しいという気持ち自体が消費者の中で減ってきています。人の心をつかまないと、振り向いてもらえない時代になってきているんですね。
 実はインサイトは、広告から生まれてきた考え方です。広告は、どうしたら消費者を振り向かせ、人の心を動かすことができるかというところから作られています。それが商品開発や事業計画にも当てはまるのではないかということでP&Gやコカ・コーラがマーケティングに取り入れたのが始まりです。

—— モノが欲しくない人たちを振り向かせる方法がインサイトということですか。

 昔は、「差別化」ということがよく言われました。それが機能したのは、消費者自身が欲しいモノをわかっていたからです。しかも、冷蔵庫や洗濯機という同じカテゴリーの中で選ばれることが勝負でした。ですから、競合商品と差別化をして、自社製品がより優位だと強調すれば売れたのです。性能や付加価値で少しでも相手より優位に立つことがこれまでのマーケティングの基本的な考え方だったのです。
 最近は若い人たちが車に乗らなくなってきていますが、そういう人たちに、他社より高スペックだと言っても意味がありません。車自体を欲しいと思わせることが大事です。そのためには、彼らが普段の生活でどんなことをしたいのか。それに対して車という商品がどういう役割を果たすのかを探って商品を作らないといけない。そうしないとメッセージも伝わらないということなんです。それが、今、さまざまなカテゴリーで起きているんですね。

——これまで顧客満足に取り組んできたメーカーや流通も多いと思うのですが…。

 経済が右肩上がりの時代は、製品やサービスの“改良”や“改善”が売り上げに結びついていました。だから、消費者の不満を聞き、それに応えることに大きな意味があったのです。ただ、「顧客満足」は自社製品を買ってくれる人という前提ですし、見込み客まで含めたとしても範囲は非常に狭い。インサイトの基本的な考え方は、消費者を「一人の人間として見る」ということですが、「顧客」という言葉が、新しいインサイト発見の可能性を狭めてしまうんですね。

——消費者を一人の人間として見るというのは?

 消費者を知ることはこれまでのマーケティングでも大切だと言われてきました。それで、消費者のニーズを探り出し、そのニーズを満たすベネフィットを見つけてきたわけです。しかし、これまでの消費者分析とインサイトでは、人のとらえ方が根本的に違います。
 従来の消費者分析では、人は論理的にモノを考え、合理的に判断し行動すると考えられてきました。製品を選ぶときも、より性能が優れているもの、性能が同じなら付加価値を比較すると考えてきたわけです。それに対してインサイトは、人は気持ちや感情で行動すると考えます。それが消費者を一人の人間としてみるということの意味です。
 また、消費者を口説くブランドからの提案「プロポジション」を重視します。それが人の気持ちをとらえ、人と製品の間に共感を作り出すと考えます。インサイトが消費者の行動を変える「心のホットボタン」だとしたら、そのボタンを押すのがプロポジションです。
 例えば、プレミアムアイスクリームのハーゲンダッツが日本市場に導入されたのは1984年ですが、その頃の日本には「アイスクリームは子供の食べ物」という固定観念がありました。これがハーゲンダッツが見つけ出したインサイトでした。これに対して「大人が幸せに浸る、アイスクリーム」というプロポジションで、大人のアイスクリームを印象づける戦略を取ったのです。つまり、アイスクリームを初めて「大人のもの」にすることで日本市場導入に成功したということなんですね。

本人にもわからないホンネ

——では、どうやってそういうインサイトを見つけるのでしょうか。

 「消費者のホンネ」を探るときに問題になるのが、これまでの定量調査やグループインタビューのような定性調査の限界です。こうした従来の調査手法では、消費者のホンネを探ることはできません。その理由は、人は「なぜ」と聞かれても、それがホンネなのか自分でもわからないからです。
 アメリカで、それに関するおもしろい実験があります。スーパーマーケットで大きいカートいっぱいにまとめ買いをするのがアメリカでは当たり前ですが、買い物客がレジに並ぶ前に、調査員が呼び止めるんですね。そこで調査員が聞く話というのは実はどうでもよくて、もう1人の調査員が、例えばその買い物客が「エビアン」を買っていたら、それをこっそり「ボルヴィック」にすり替えるのです。そして、レジで精算が済んで出てきたところにもう1人の調査員がいて、「あなたはボルヴィックを買いましたが、その理由は何ですか」と聞くのです。すると7、8割の人が、「これ、おいしいんだよ」「美容にいいから」「家内が好きだから」と、ボルヴィックを買った理由を当然のように答えたというのです。
 自分を主張するのが当たり前というアメリカ人の国民性もあると思いますが、この実験から言えることは、人は「なぜ」と理由を聞かれたら、後付けで理由を考えて答えるということです。人間は、自分の行動を正当化することを瞬間的にできる生き物なんですね。ところが、今までの調査というのは、そういう本人も意識してないことを質問していたのです。
 昨年、脳科学者のA・K・プラディープの「マーケターの知らない95 % 」(阪急コミュニケーションズ)が日本でも出版されましたね。脳の情報処理の95%は潜在意識で行っているという話です。しかも、意識してない行動を根掘り葉掘り聞かれたら答えるしかないですから、何とか理屈をつけて話すわけです。だから、消費者のホンネを探るのに「なぜ?」は禁句なんです。 そこで出てきた答えに沿って商品開発やコミュニケーションをしたら、絶対に失敗します。
 新しいマーケットを切り開いたパワーブランドというのは、創業者の夢から生まれたものが多いですよね。創業者の直感と熱意が人の心を捕らえて、新たな市場ができてきた。インサイトというのは、それを方法論化し、組織的に行おうというものなんです。

まず目標の明確化から

——どのような手順でインサイトを見つけていくのでしょうか。

 消費者インサイトと一口に言っても、人はいろいろなことを考え、思い、悩み、生活しているわけですから、非常に領域が広い。それを一つ一つ掘り下げていったら、人間研究と同じになってしまい、通常の企業活動のタイムスパンの中ではとてもできません。ですから、この辺にチャンスがありそうだという領域を、まず見つけ出すことから始めます。
 そのために最初にやるのは、目標を明らかにすることです。私の場合は、担当者の方だけでなく、会社のトップの方にも1、2回お会いして、その商品に対して、どういう目標を持たれているかをお聞きします。
 目標というのは、例えば売り上げを20%増やしたい、3年間で倍にしたいという目標もあります。シェアを1位にしたい。既存の製品の概念を変えたいという目標もあります。 目標がはっきりすれば、それに沿って、どういうインサイトをつかまえればいいかがわかります。
 20%の売り上げアップが目標であれば、今までの問題点の修正で達成できる可能性がありますが、3年間で売り上げを倍にするのが目標であったら、従来のやり方では達成できません。そのためには新たなターゲットを取り込んだり、使用機会を増やす必要があります。
 例えば、これまでお年寄りしか飲んでなかったお茶だとすれば、子供も飲むようにする。あるいは、食事のときだけでなくスポーツの後にも飲むようにするなど、何か大きな変化が起きない限り、売り上げを倍にはできません。そのために、どこにチャンスがありそうかを次に考えます。
 その際、既存の調査も活用しますが、分析の視点が異なります。今までのマーケティングというのは、このブランドは全体の8割を60歳以上が消費しているという結果が出たら、当然、ターゲットはそこなんです。そこに向けていろいろなマ−ケティング活動をするわけです。要は、今までのマーケティングというのは効率論だったのです。しかし、今はほとんどの場合、需要を新たにつくらなくては市場は拡大しません。そのためには、どこに新しい需要があるかを考える必要があります。そのときに既存調査は、どこにポテンシャルがあるか、どこに機会があるかを探る視点で分析するということなんです。

——具体的にはどのような方法で消費者のホンネを探るのでしょうか。

 「エスノグラフィ」「フォトダイアリー」「コラージュ・エクササイズ」「ワードカード刺激法」など手法はいろいろなものがすでに開発されてます。観察によって消費者の行動を調べる「エスノグラフィ」は、最近、日本でも注目されるようになりましたが、外資系企業では90年代からインサイトを探る手法として使われていました。私の場合は、それを日本でうまくやれるようにアレンジしています。例えば、「エスノグラフィ」に「シャドーイング」という手法があります。1日中その人に付いて回って行動を観察するという方法です。外出先だけでなく、自宅やベッドルームまで付いていくんですね。アメリカ人は受け入れてくれるのですが、日本ではほぼ断られます。それを例えば、「フォトダイアリー」で代用するということをしています。調査員が密着してインタビューする代わりに、対象者自身にあるテーマに沿ってそのときどきで写真を撮ってもらうものです。こうすることによって普段気に留めなかったことを意識してもらえるし、話を聞くときも、写真を元に話すことで本音も出やすいのです。このように、インサイトを探る手法については、かなり開発されていると考えていいと思います。

ショッパー・インサイトとは

——最近は、ショッパー・インサイトも注目されているということですが、消費者インサイトとどう違うのでしょうか。

 消費者インサイトでは、そのブランドに対して「購入前」にどういうイメージがあるか、どういうところに欲求があるかを押さえることが非常に大きなテーマになります。もう一つは「購入後」です。ユーザーが、そのブランドに対して、どういう結びつきを持つかを押さえることも大事です。
 消費者インサイトは、この二つを中心に行われていて、「購買時」は自動的に行われるものだという前提に立っていました。だから、最初に欲しいと思わせるためにはどうしたらいいか、ユーザーがリピートしてくれるにはどうしたらいいかに重点が置かれてきたのです。
 ところが消費者インサイトに取り組んでいたP&Gがあることに気づいたのです。購入意向が例えば30%ある商品が、実際には20%しか購入されていない。配荷率は高いのに、このロスはどうして起こるのか。店頭で何が起きているのか知りたいということからスタートしたのがショッパー・インサイトです。

——ショッパー・インサイトは、どこまで進んでいるのでしょうか。

 ショッパー・インサイトをマーケティングに生かすためには、メーカーなら「どんな気持ちをつかまえたら自社の商品を買ってもらえるか」、流通なら「陳列されている商品をクロスで買ってもらうには、どんなインサイトを捕まえればいいか」がポイントになりますが、まだ研究はそこまでいっていません。来店者はこういう形態の店では、これぐらいの滞在時間で、こういうことを考えながら、こんな行動をとるというようなベーシックなデータ収集の段階です。
 ショッパーの心理状態や店頭での実際の行動に主眼を置くマーケティングを「ショッパー・マーケティング」と呼びますが、範囲が非常に広いんですね。メーカーの取り組みも様々です。店舗の棚、コーナー作りに主眼を置いているところもあれば、効果的なPOP作りやパッケージデザインに力を入れているところもある。その一方で、きちんと流通と組んでクロスマーチャンダイズに取り組んでいるメーカーもあります。
 ただ、メーカーでも流通でも、ある一つの課題に絞ればインサイトを探る方法は限られてくるので、そんなに複雑ではないと思います。メーカーであれば、ブランドのポジションやお店に対しての交渉力がわかれば、使えるインサイトも自ずと決まってきます。 ただ、ショッパー・インサイトの活用範囲などの意思統一を社内で最初にしておかないと、うまくいきません。ショッパー・インサイトに取り組むなら、特にメーカーの場合は、ブランド全体あるいはマーケティングを統括する事業部やブランドマネージャーと、店頭マーケティングを担う営業企画部門との連携が重要になってくると思いますね。

いいインサイトほど目から鱗

——ショッパー・インサイトの成功事例というのは出てきているのでしょうか。

 IKEAの事例が面白いと思いますね。オーストラリアのシドニー店が「マン・ランド(MANLAND)」、要するに「男性預かり所」を始めています。日本も同じかも知れませんが、オーストラリアの男性は長時間のショッピングが苦手なようです。マン・ランドには、ピンボール、テーブルサッカー、男性向け雑誌などが置いてあって、女性の買い物にはつき合わなくていい。その間、女性はゆっくり買い物ができるわけで、客単価も上がったそうなんです。しかも、男性を忘れて帰らないように、女性にはブザーが渡されて、30分たつとブザーが鳴って男性の引き取りを思い出させてくれるんですね。

——非常にシンプルでわかりやすいアイデアですね。

 インサイトから出てきたアイデアというのは、できてみると単純なんです。そうでないと、人は動かない。すぐれたアイデアというのは、だいたい目から鱗です。プランの段階で、みんなが「それだよ」と思うものなのです。
 そういうアイデアが出たら、メーカーならテストマーケットを、流通ならどこか一店舗で実際にやってみることが大事です。それができない場合も、できるだけ実際に近い形で試すことが重要です。外資系企業ではコマーシャルテストを頻繁に行いますが、同じアイデアであっても、絵コンテを描くカンプライターによってスコアが違うことが明らかになっています。それがテストの限界なんですね。リアルなものでないと消費者は判断できないということなんですね。

——最後に、インサイトの今後についてお聞きしたいのですが、ソーシャルメディアがインサイトに活用される可能性はあるのでしょうか。

 P&Gのリサーチ部門の責任者ジョアン· ルイス氏も、「ソーシャルメディアは、リサーチツールとしてサーベイに取って代わる」という発言をしていますね。実際、これまでの調査よりソーシャルネットワークの中で話されることのほうが消費者のホンネに近いと思います。ただ、ソーシャルネットワーク上にある消費者の発言も「言葉」で表現されているものなので、やはりインサイトを探るには限界があると思います。
 それから、消費者のホンネを探る究極の答えではないかと言われているのが、先ほども触れたニューロマーケティングですが、まだ、どちらの商品に脳が反応しているかというようなおおまかなことしかわからない段階です。インサイトを探るために役立つ段階には至っていないんですね。

——インサイトを見つけるスキルを身につける方法というのはあるのでしょうか。

 消費者になりきることです。それには普段の訓練、習慣化しかありません。そのためには、まず自分を知ることです。自分がお茶を買うとき、コーヒーを飲むとき、ドライブに行きたいと思ったとき、どう気持ちが動いたかを分析する習慣をつけることです。自分の気持ちがわからなければ人の気持ちを探ることはできません。
 次の段階は、普段から人の行動を見ることです。酒を飲んでるとき、買い物をしているとき、電車の中で揉まれてるとき、意識してれば、いろいろな話が耳に入ってきます。そういう訓練を日頃積んでいれば、実際、仕事になったときも、消費者になりきれる確率が上がるということです。そうすることで、「消費者志向」「顧客視点」と言っていた自分が、今までいかに売る側の視点で消費者を見ていたかわかると思います。
記事作成:2012 June

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