動機を知れば、 消費者は動かせる

2017.09.19

早稲田大学商学学術院 客員教授 ルディー和子氏

早稲田大学商学学術院 客員教授 ルディー和子氏

国際基督教大学卒業。上智大学国際部大学院経営経済修士課程修了。米化粧品会社エスティ・ローダー社マーケティング・マネジャー、タイム・インクのダイレクト・マーケティング本部長を経てウィトン・アクトン代表取締役。早稲田大学商学学術院 客員教授。日本ダイレクトマーケティング学会副会長。近著に『売り方は類人猿が知っている』(日経プレミアシリーズ)
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 お金に不自由していない層まで買い控えをする不安の時代に、消費者を動かすにはどうしたらいいのか。ここ数年、進化心理学、神経科学、行動経済学がマーケティングに取り入れられ、新しい消費者理解が進んでいる。

嵐に慣れてしまった消費者

―― 現在の消費状況をどうとらえていますか。

 消費者の不安は解消されるどころか増大するばかりだと思いますね。2008年のリーマンショックが収まるかと思ったところに、ヨーロッパの経財危機です。これまでの景気のサイクルというのは、下がってもいつかは上がることが確信できたのですが、今の景気は、上がったような下がったような感じで、どうもはっきりしない。それが消費者心理にも影響していると思います。

―― 景気がよくなったというのは、消費の動向を見ていてもわかるものなのですか。

 これまでのパターンだと、そろそろ景気がよくなる兆しが見えてくると、まず、高額品が売れるようになるんです。その後、消費全体が確実に上向いていく。回復のスピードは、その時によりますが、そのパターンは同じでした。今回の消費低迷は、先が見えないというのが、これまでとは違う特徴だと思いますね。

―― なぜ、消費の低迷は長引いているのでしょうか。

 総理大臣がコロコロ変わって、年金もどうなるのかわからない。いつまで我慢すればいいのか、その先はどういう社会になるのか。進むべき未来を示せない今の政治が悪いということも、確かにあります。先が見えていれば、一生懸命勉強してもっと給料の稼げるところに行こうとか、資格を取ろうという意欲も出ます。ところが、今は、嵐が通り過ぎるのを耐えて待つという段階を通り越して、嵐という悪天候に慣れてしまった。我慢できないほど悪い生活をしているわけではないので、消費者は、いまの状況においてそれなりにハッピーな気分になる工夫をしはじめていますね。

消費者が望んでいることは何か

――素朴な疑問なんですが、不安があると、なぜ消費は低迷するのでしょうか。

 不安な時というのは、人は、消費だけではなく、新しい行動もあまりとりたくないんですね。行動経済学で言う「損失回避性」が強く出るんですね。これをすれば自分にとって得になるというようなチャンスがあっても、損をする可能性がほんの少しでもあれば、現状を維持して何もしないほうを選ぶのです。今の消費者は、不安感が先に立って、論理的思考が妨げられてしまっているんですね。
※損失回避性
 損失は、同額の利得よりも強く評価される。同じ額の損と得があったとしたら、その損失がもたらす「不満足」は、同額の利得がもたらす「満足」よりも大きく感じられるという人間心理のことをいう。行動経済学から生まれた考え方だが、行動経済学は創設者の1人、カーネマンらが2002年にノーベル経済学賞を受賞したことで注目された。

――そうすると、今は「損しませんよ」と訴求したほうがいいということですか。

 そのいい例が、最近のネット通販です。例えば、朝9時ごろにケータイに「12時から1時間だけのバーゲン。在庫なくなり次第終了」というメールが送られてくる。つまり、得することを強調するのではなく、「いま買わなければ損しますよ」という言い方をしているわけです。
 「〇円引き」という売り方にはみんな飽きがきている。やっていることは同じ値引きですが、言い方が違う。今までとは違うところを押しているんですね。

――高額商品を売るのは、さらに難しいのではないでしょうか。

 高額商品も売っているところは、ちゃんと売っていますね。ベネッセコーポレーションは、「進研ゼミ高校講座」で、「攻めの宣誓」というキャンペーンを2008年から実施しています。高校生から将来に向けた「攻めの宣誓」を募集し、それをもとに人気アーティストに応援ソングを作ってもらうというものです。
 受験は受かるかどうかわからないから、不安なわけです。普通でも第一志望、第二志望で迷って不安なのに、経済危機で親もお金がない。浪人できないから、よけい迷う。そのときに、ベネッセのマーケティングの人は「迷っている不安な人間をやさしく励ますことが良い方法だとは限らない」と考えた。こういうときは強く言ったほうが効果的だというわけです。
 キャンペーンサイトには、「迷ってないか、流されてないか、もっと強気で宣言しろ」と書いてある。「第一志望の大学に行くとみんなの前で言っちゃいなさい」。そう強く言ってあげたほうが、不安な受験生はかえって安心して、「迷わず勉強しよう」という気持ちになる。
 不確実な時代、不安な時代というのは、消費者の気持をわかった上で、それに同調するのではなくて、強気の命令口調で言ってくれた方が納得するということなんです。

――強気の販売が今は有効だと?

 それも、今は有効な方法の1つだということです。大事なのは、建前ではなく、消費者が本当に望んでいるものは何かに応えることです。プレミアムモルツの躍進で、サントリーはビール業界4位から3位に浮上しましたが、その要因は、不況にもかかわらず積極的に広告展開したこと。そして、「贅沢をしたっていいじゃない」と、プレミアム価格を払うことを正当化してあげたからです。「贅沢を控える」は時代の風潮ではあっても、すべての消費者の本音ではありません。企業は、消費者の声を聞いているようで聞いていない。
 私が言いたいのは、こういう時代だからこそ、売るほうが工夫をしなくてはいけない。そのためには、本当の意味での消費者の動機、なぜそういうことを言って行動しているのかという動機を知る必要がある。実は、それは消費者自身もわかっていないことが多いのです。

カスタマーインサイトを探れ

―― 消費者本人もわかってないことを、どうすれば知ることができるのでしょうか。

 消費者がなぜそう考え、なぜそういった行動をとるのか。その動機を探ることを「カスタマーインサイト」と言うのですが、実は、それを探っているつもりでも、表面的な消費者調査で終わっているところが多いんですね。
 多くの調査が、「この商品を欲しいと思いますか」「買いたいと思いますか」というレベルの質問にとどまっている。なぜそういう答えをしているのかという動機まで探らないと、本当の「カスタマーインサイト」とは言わないのです。
 例えば、品質の差がほとんどない2 つの商品を示して、「どちらがいいか」と聞けば、年収2000万円の人も、「安いほうがいい」と言うに決まっています。しかし、実際は100円安い小売店のPB(プライベートブランド)ではなく、メーカーのNB(ナショナルブランド)が選ばれる場合がある。それは、パッケージがすてきだからとか、その商品を買うことが夢を与えてくれるからという価格以外の要因があるからです。
※カスタマーインサイト
 consumer insight。消費者が思わず動く購買動機や消費者の本音を探ること。本音は、消費者本人にも意識されていない潜在的な欲求や感情で、消費者に受け入れられる商品開発や広告キャンペーン、プロモーションには重要な考え方。表面的な消費者調査と理解されている場合が多い。

―― センスのいい商売人ならカスターマーインサイトは、調査をしなくてもわかるということはないですか。

 確かにそうともいえます。何十年も同じ商売をしていると、いろいろなパターンを見てきているわけですから、無意識に今に合ったパターンを選択していることもあると思います。大事なのは、それを“センス”という言葉で片づけないで、それがどういうものか知ることだと思います。
 マーケティングの基本は、人間を研究することです。相手の立場に立って考えられるというのが、いちばん大事です。自分は受験生でもないし、専業主婦でもないが、その立場になれることです。
 動物には、相手の動作や感情をコピーすることができるミラーニューロンという神経細胞があることが確かめられているのですが、それが人間にもあるのではないかということが最近言われています。野球を見ているだけで、実際に野球をする時に使う神経細胞が活性化するんですね。そういうミラーニューロンが活性化しやすい人は、共感性が強い。逆に、ない人は空気が読めない人ということなんです。商売のセンスがある人とミラーニューロンの関係を証明する実験が将来発表されるかもしれませんね。

人の判断は無意識が大半

―― 消費者との距離が遠くなってしまったことに実は問題があるのかもしれませんね。

 昔の商売上手な人は、カスタマーインサイトを自然にやっていた。ところがだんだん組織が大きくなってきて、見えにくくなっているということだと思うんですね。
 マーケティングの基本は、昔の商人がやっていたような、売り手と買い手が一対一でコミュニケーションして、相手のそのときの言葉を受けとめながら、「あ、この人は本当はこれがほしいんだ」と思いをめぐらして、その人に合ったものをすすめる。それが、基本だと思います。

―― 消費者との距離が遠くなってしまったから、消費者の無意識の行動を強調する必要が出てきたということですか。

 そうだと思いますね。人の無意識の行動で、おもしろい実験があります。機能的MRIという脳内の活動状況を調べる装置があるのですが、被験者の右と左にボタンがあって、目の前にはスクリーンがあり、いくつかの違った言葉が、0.5秒置きに表示されます。被験者は、いつボタンを押してもいい。どちらかのボタンを押すか決めたら、その時に表示されている言葉を覚え、ボタンを押します。これで、被験者自身が意思決定したと思った時刻がわかるわけです。
 その間、実験者は機能的MRIで被験者の頭の中をずっと見ています。どちらのボタンを押すか決めるときは、特定の部位が活性化する。その時刻は、被験者自身が決めたと思った時刻より10秒早かった。つまり、本人が知らないうちに、脳はどっちのボタンを押すかを決めているということがわかったのです。
※機能的MRI
 医療で、外側から体や脳の断面像を撮影するMRIが使われているが、「fMRI」は、MRIを用いて脳の「活動」を画像化する方法のこと。あるものを見たり考えたりする時に、脳のどの領域が活動しているか、リアルタイムで映像に映し出すことができる。fMRIのfは、機能的な(functional)の意味。

――人の判断は、実は無意識で先に行われているということですか。

 そういうことです。もう1つ違う実験があります。男性の被験者には女性の写真、女性には男性の写真を見せるのですが、被験者にAさん、Bさん、2人の写真を見せる。そして、AさんとBさんのどちらが好みか聞きます。
 その後、関係のない質問をした後に、思い出したように「聞くのを忘れてました」と言って、先ほど好みだと言われたAさんとは違うBさんの写真を見せて、「あなたが好きだと言ったこの人の顔のどこが気に入ってるんですか」と聞きます。
 そうすると、写真を入れ替えたことに気づく人は、被験者のうちわずか3分の1でした。しかも、気づかない人たちは、「私がこの人を好きだと言ったのは、目が大きかったからです」とちゃんと理由まで言うのです。同様の方法で、ジャムで味覚の実験も行われていますが、同じような結果が出ています。
 つまり、人は意思決定をして行動を起こす前に、実は無意識の領域でいろんなことを考えているということです。Aさんは鼻が高くて、Bさんは目が大きい。Bさんはお母さんに似てやさしそうだとか、いろいろなことを無意識下で考えている。そのうちの1つか2つが何かのきっかけで意識に上ってきているだけなのです。だから後で違う人の写真を見せられても、脳は矛盾を感じないのです。そして、違う人にもかかわらず、脳は後付けで、この人を選んだ理由はこれなんだよと、平気で言えるのです。
 脳科学者や心理学者、神経学者の見解としては、人の脳の活動では無意識の領域が大半を占めているということでは一致しています。ただ、何がきっかけでそのうちの1つか2つが意識に上ってきて意思決定するまでに至ったかは、機械で見てもわからない。そこを探るのが、カスタマーインサイトということなんです。

意思決定しやすい枠組みを作る

――消費者が最終的な購入を決めるのは店頭だとよく言われますね。

 基本的に人間は行動を決めるときに迷うものなんです。その結果、人間は、経験則や簡便な手法で楽をして結論を求める傾向があるんですね。これを「ヒューリスティクス」と言いますが、いろいろな情報があっても、たった1つの情報で最終的には決めてしまうことが多いのです。
 例えば、家電では、2つから3つの候補が事前にあって、実際に意思決定は店頭で行われるとよく言われます。では、その時、何を最終的な手がかりにして意思決定をしたか。実は、少し突っ込んだ質問を購入者にしても、本人がわかっていないことが多いのです。
 最終的な意思決定の要因は、広告の場合もあれば、店員の親切な態度だった場合もある。それが、ヒューリスティックに行われるというのは、商品によって、それほど変わるわけではないんです。そこで大事になってくるのは、最終的な意思決定をしやすくすることだと思うのです。

―― 意思決定をしやすくするために、何か方法はあるのでしょうか。

 選択肢は多いほうがいいと思われがちですが、行動経済学でも指摘されているように、実際にはあまり選択肢が多いと人間は決断できなくなってしまうんですね。
 そこで、消費者に商品を選んでもらうためには、「意思決定しやすいような枠組みを作る」ということです。
 例えば、値付けでその枠組みを作ることもできます。うな重の値段には松竹梅の三段階あり、真ん中が選ばれやすいとよく言われます。これは、価格を3つに分けることによって、選択しやすくしているんですね。
 ただ、値付けが悪いと、うまくいかない場合もあります。最近、ある衣料品店が3種類のジーンズを、3900円、2900円、1900円という値付けで出しました。結果は、真ん中が売れなかったんですね。そこで、この秋から上と下だけの値段にしたのです。
 消費者は、価格という情報でヒューリスティックに品質を判断している。ところが、3つの価格が接近しすぎていて、品質の高中低がわかりにくくなっていた。それで価格を上下だけにすることで、選びやすくしたんですね。
 値段だけではなく、広告コピーでも、それは可能です。最近は、「わけあり商品」が非常に多くなっています。「わけあって安い」というのが非常に多い。私は、反対に、「わけあって高い」ということでも売ることができると思うんですね。これも意思決定しやすいような枠組みを作るということです。
 その一例になるかどうかはわかりませんが、ある予備校が、受講生が志望する大学に合格できなかった場合、翌年度の授業料を無料にするサービスを始めました。私たちは、この提案から、予備校の自分たちの授業への自信を感じ取ることができます。予備校間の競争が激化するなか、“品質”を印象付ける強烈なメッセージです。多少授業料を高くしても納得できるわけです。これも1つの枠組み作りです。

―― 枠組みを作るというのは、選ぶ理由を作るということですか。

 どちらかというと、消費者が買いやすい気持ちになる仕組みを作るということです。今の消費者は、お金を使ってはいけないと思っている。しかし、ある程度はお金はある。お金を出しやすい心の枠組みを作るのがマーケティングの力なのです。
 そういう枠組み作りは、価格やわけあり商品のような広告コピーでもできる。あるいは、某予備校のように、もし不合格だったら来年の授業料はタダにしますという条件販売提案「オファー」でもできる。そういうふうに消費者心理をフレーミングして、意思決定しやすいようにするというのが、非常に重要なんです。
※フレーミング効果
 人は、何らかの枠組み(フレーム)のなかで物事を理解する。客観的に見れば同じであっても、この解釈の枠(フレーム)の違いによる効果のことをいう。例えば、同じ金額でも「3割引き」と「3万円引き」とでは売れ行きが違ってくる。

消費の動機を知ることから

――消費者心理のとらえ方と言っても、いろいろな視点がありますね。

 景気がいい頃の商業施設は、入ったときに、何か別世界みたいな雰囲気があったと思うんです。年末になればクリスマスソングが流れて、サンタクロースがいて、子どもたちに、ちょっとしたプレゼントをあげたり。そういう雰囲気があると、人はちょっと他のものでも買おうかなと思うんですね。なのに最近は、そういうところまでコストカットするところが多い。お店が不景気気分をあおってどうするの、と思います。
 「気分」は、実は買い物に非常に大きく影響します。心理学では、喜び、悲しみ、怒りなどの「感情(emotion)」は短期間続くもの、「気分(mood)」は長期間続くものとされています。気分は精神生活の全般を彩りながら一定期間持続する感情状態で、今日は気分の良い日だとか、悪い日だというように、特に意識に上ることのない場合が多いんですね。人は、気分が良いときには意欲は高まり、自信も湧いて楽観的になるが、気分の悪い時にはこの反対になります。
 しかも、気分は、ちょっとしたことで変わります。「出かけるのが面倒くさい。でも買い物に行かなければいけない」と思ってしぶしぶ店に行っても、クリスマスソングを聴いたら突然、変わる。子どもに何かいいものを買っていってあげようという気分になる。それは、ちょっとしたきっかけで変えられるのです。
 実際の店舗でもネットでも、最近、ワクワク感を演出することが行われています。高級スーパーの中にはディスプレイに凝って、ほかのスーパーが整然と並んでいるのに比べ、何か探してみようかなという気にさせてくれるところがある。それも、消費者の気分を変えてくれる1つの方法だと思います。

―― 気分は、そんなに簡単に変えられるものなのですか。

 売り場にいる人が笑顔でにっこり笑うと、お客様もちょっと笑顔になる。それで売り上げも実際上がったという実験があります。陰気そうで、いかにも不景気な顔をしてたら、誰も買いたいとは思わないですよね。
 テレフォンオペレーターの訓練では、鏡を前に置いて、お客様と話をするときには必ず笑顔を作ってから話をしなさいと教育されます。笑顔で話すと、声が違うんです。電話の向こうのお客様もなんとなくいい気分になる。逆に、笑顔で話さないと、コミュニケーションがうまくいかないんですね。

―― 売れる基本は、大それたことではなくて、基本に戻れという気もしてきましたが。

 商売の基本は変わらない。しかし、不安の時代だからこそ有効な方法もあるということでしょうね。
 高度成長期やバブルのときに、強い口調で「こうしなさい」といっても、かえって反発されたと思います。高度成長期はみな自分の行動にも自信があった。あまり人から自分の行動を左右されたくなかったと思います。それが今は、強気の口調で指示されたほうが、安心して行動できる。そういう違いがあると思います。
 私が言いたいのは、こういう時代だからこそ、売るほうがもう少し工夫をしなくてはいけないということです。そのためには、まず、消費者の本当の購買動機を知る必要がある。
 そこで注意しなければならないのは、消費者の声を聞くということは消費者を知ることではないし、消費者の言う通りにすることでもない。本当の意味での消費者の動機、なぜそういうことを言って、行動しているかという動機までわかっていないと、不安心理から巣ごもりしている今の消費者を動かすことはできないということです。そういうカスタマーインサイトがあって、はじめて、広告の力、マーケティングの力は発揮される。もっと自分たちは消費者を動かすことができるんだという気構えを持ってほしいですね。
記事作成:2010 October

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