消費者間の情報格差がマーケティングを変える

2017.09.19

慶應義塾大学 商学部教授 清水 聰氏

慶應義塾大学 商学部教授 清水 聰氏

1963年東京都生まれ。86年慶應義塾大学商学部卒業。91年同大学院商学研究科博士課程修了。明治学院大学経済学部助教授を経て、2000年同大学教授。04年商学博士。09年4月慶應義塾大学商学部教授に就任。専門は消費者行動論。著書に『「コミュニケーション型生活者」を探せ! 』(日経BP 企画/共著)『戦略的消費者行動論』(千倉書房)など。
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 インターネットの登場で消費者間の情報格差が広がっている。それは同時に、消費行動にも大きな変化をもたらしている。新しい情報に敏感で、新製品の売上予測のできる「目利き」、情報を取捨選択し、みんなが良いという商品を選ぶ「聞き耳」、情報感度が低く、その人が商品を購入する頃にはブランドの寿命が終わりに近づいている「死神層」など、情報格差から新たな消費者の見方、マーケティングの可能性を探っているのが、慶應義塾大学商学部の清水聰教授だ。

変わる意思決定プロセス

―― 消費者行動の中でも、意思決定プロセスを中心に研究されているということですが。

 マーケティング戦略を考える上で、その対象となる消費者をどうとらえるかは非常に重要です。これまで考えられてきた消費者の意思決定プロセスは2 つありました。1つは「刺激反応型」、もう1つは「情報処理型」です。しかし、最近の日本の消費者は、膨大な商品やサービスに囲まれ、インターネットの発達でその情報収集手段も多様化して、従来とは違う意思決定プロセスが出てきています。だから、マーケティングもそれに対応する必要がある。それは必然的にアメリカで生まれたマーケティングではない日本型のマーケティングになるだろうというのが、私の考えです。

―― 刺激反応型、情報処理型というのは具体的にはどういうものなのですか。

 刺激反応型の意思決定プロセスというのは、消費者を外部からの刺激に反応する受動的な存在としてとらえるというもので、1950 年代後半に出てきた考え方です。広告を打てば消費者はモノを買うだろうというところからスタートした考え方で、 広告業界で言われているAIDMAというのは、この刺激反応型を前提にしたものです。
 もう1つの情報処理型の意思決定プロセスというのは、1960年代後半に登場してきた理論で、消費者を自らの目的を達成するために能動的に情報を収集する存在としてとらえる考え方です。なぜ、そういう考え方が出てきたのかというと、商品によっては単に広告量を増やしただけでは買わないことがわかってきたからです。それで、消費者には何かやりたい目標がまずあって、それに合わせて商品の情報を集め、態度を決めて、買うという情報処理型の意思決定プロセスが別にあるのではないかということになってきたのです。
 実際、過去の研究から消費者にはこの2つの意思決定プロセスがあることが確かめられてきました。主として消費者の関与の低い商品や価格の安い商品は刺激反応型の意思決定が行われ、逆に消費者の関与の高い商品や価格の高い商品は、失敗したときのリスクが大きいため情報処理型の意思決定が行われることが示されています。
 しかし、今の日本のように世の中にメディアと情報が増えてくると、情報処理型と言われている人たちの中に、メーカーの人よりも商品に詳しいという人たちが多くなってきます。また、日本市場は競争が激しいですから、商品格差もほとんどありません。そのため、店頭に直接行って、その日の特売品を買っても別に間違ったモノを買うこともありません。より多くの情報を身につけた人たちがいる一方で、情報に触れなくても生きていられるという人たちも出てきています。その結果、消費者間で情報格差が非常に広がってきているんですね。
 先ほどの2 つの意思決定プロセスというのは、現在のようにメディアが多様化する以前に提唱されたものです。しかも、日本はアメリカ以上に消費者間の情報格差が大きいですから、今までのアメリカ型の意思決定プロセスを前提にマーケティングをやっていくのは、やはりおかしいだろう。情報の先端にいる人たちと後ろのほうにいる人たちでは、当然、意思決定プロセスも違ってくるだろう。だとしたら、その違いを意識したマーケティングができるのではないか、というようなことを考えているんです。

購入体験をシェアする

―― 意思決定プロセスは、最近どう変わってきたのでしょうか。

 刺激反応型にしろ、情報処理型にしろ、これまでは購入に至れば意思決定プロセスは終了でしたが、今はAISASに代表されるように、買った後に消費者同士が購入経験をシェアするようになっています。その要因は、やはり、今までのように周囲の人たちに口コミで伝わるだけでなく、インターネットの普及で不特定の人たちと購入体験をシェアできる環境が整ってきたからです。
 そうなると、消費者に買ってもらうことがマーケティングのゴールではなく、買ったものに満足してもらわないとダメだということになります。「確かに宣伝で言われている通りだった」「店の人が言う通り良かったよ」が大事になってきています。それで、はじめてブログに書きたくなったり、友達にしゃべりたくなったりする。買った後で消費者は何をしゃべるかというところまで考えて、プロモーションや広告展開を考えないといけない時代になったということなのです。

――実際にそういう意思決定プロセスの変化は、売り上げに影響を及ぼしているのでしょうか。

 直接というより、間接的な影響が大きいと思います。売り上げに直接影響を及ぼすのは、やはり、値引きやプロモーションで、例えば、商品や広告を話題にしたブログの数が増えたからといって売り上げが必ずしも増えるわけではありません。
 ただ、ブログの数が増えるとその商品の検索数が増えるのです。実際に、コンビニエンスストアやスーパーマーケットで売っている商品で調査したことがあるのですが、ブログの数が増えると、確実に検索数が増えて、買ってみようと思う人たちが増える。そういう相関があるのです。
 それから、車の購入を考えている人たちを対象にその車に関するブログを読む前と後で比較したこともあるのですが、車に対する評価はそれほど変わらないのに、「買いたい」「買いたくない」という意思が強固になります。

―― なぜ、そういうことが起こるのですか。

 ブログには、良いことも書いてあれば、悪いことも書いてあるからです。車に対する評価は、例えば乗り心地4点、燃費3点などブログを読む前に自分の中で終わっています。ブログを読んでも4点が5点に上がるとか、4点が3点に下がるということはないのです。むしろ、全体としては評価の点数がやや下がる傾向にさえあります。
 ところが、ブログを読むと購入意向の「どちらでもない」が顕著に減るのです。逆に言うと、「ほしい」「ほしくない」が明確になるということです。
 ブログを読むことによって、「自分が考えていたことは、やはり正しいんだ」「思っていた通り、やはり良くない」という意思がはっきりするんですね。ですから、ブログの役割というのは、買いたいと思っている人の「背中を押す」ということなんです。
 友達からアドバイスされても、それだけで人はモノをすぐに買うわけではありません。自分の中にある程度購入意思があって、その気持ちを再確認するためにブログは使われているということだと思います。友達に「買って良かったね」と言ってもらうのと同じように、自分の行動を正当化してくれるものがブログなのです。

―― そういうブログを見ているのは、どういう人たちなのですか。

 2000年頃までインターネットを使いこなしているのは若者というイメージでしたが、今は30 代、40 代が中心です。 06 年に日本新聞協会で行った調査ですが、新聞もネットも見るという人は、情報源として出所がはっきりしたものを好む傾向にあって、新聞社のサイトや企業のホームページのウェイトが高くなっています。一方、ブログやSNSのウェイトが高いのは女性と若い人たちで、出所はわからないけれど、おもしろい情報を好む人たちです。

機能的価値に結びついた情緒

―― その一方で、刺激反応型で売れている商品が今もあるわけですね。

 店頭で値引きをすれば売れる商品も当然あります。スーパーマーケットで売られているような商品はそうですし、トップブランドを値引きすれば当然売れます。ただ、そういう刺激反応型の商品でも、ユーザーの使用経験が書かれたブログは購買に間接的に効くんですね。

―― 使用体験がマーケティング的に効果があるのはなぜなのでしょう。

 それは、機能的価値と情緒的価値という考え方で説明するとわかりやすいと思います。スペックというのは何馬力とか、何ギガバイトということですが、そのスペックを人がしゃべるというのはどういうことなのか。スペックというのは機能的価値ですが、使用体験というのは、その機能的価値を情緒で理解するということなのです。つまり、機能的価値に結びついた情緒があって初めて人は商品価値として理解できるし、ブランドとしても強くなっていくということなんです。
 ブログや口コミというのは、そういう情緒的価値を作っているのではないかという気がするんですね。
 だから、これまでメモリが1ギガある、あるいは画素数が1000万画素あるというように、数字が大きいほど消費者に受け入れられると思っていたけれど、それは違うんですね。
 確かに現象的に見れば、これまで高機能の商品の方が消費者に受け入れられてきました。では、1000万画素のカメラと800万画素のカメラはどう違うのかというと、消費者には本当のところはわからない。つまり、消費者はそういう機能的価値を情緒でとらえていたということです。
 だから実際、デジタルカメラは1000万画素を超えるものより800万画素ぐらいのものが売れているということが起こるのです。結局、消費者は1000万画素と800万画素の機能的な差がわかっているわけではないので、「景気が悪いし、値段も安いほうでいいや」みたいなことになるのです。

コミュニケーション型生活者

――しかし、ブログにはプラスの評価も、マイナスの評価も書かれるとなると、マーケティングに利用するのは難しいのではないでしょうか。

 というより、今後は、消費者が話題にしたくなるようなギミックを持った商品や広告、コミュニケーションを企業はやらなければいけないということでしょうね。企業のほうが知識をたくさん持っているから、それを理解しろということではなくて、やはり消費者も知識をいろいろ持っている。それを見越してコミュニケーション活動を行わないと、かえってマイナスになるということだと思います。
 ただ、私も長年協力しているDNP(大日本印刷)メディアバリュー研究チームの調査から、「コミュニケーション型生活者」の存在も確かめられています。
 一般にインフルエンサーというのは、買った商品について良いことも言えば、悪いことも言う存在です。ところが、コミュニケーション型生活者というのは、インフルエンサーの中でも企業にとって良いことを言ってくれる人たちなのです。その会社について関心が高く、しかも、よく知っている。企業やブランドへのコミットメントが高い人たちです。ただ、彼らはその企業の全商品についてプラスの発言をするのではなく、特定の商品についてこだわりを持っています。例えば、車なら特定の車種、ビールなら特定の銘柄にこだわりを持っている人が多いのです。

――コミュニケーション型生活者というのは、ロイヤルユーザーとは違うのでしょうか。

 ロイヤルユーザーというのは、行動の指標です。3 回続けて買った、5回続けて買ったというのがロイヤルユーザーです。しかし、そこには気持ちが入っていません。つまり、ロイヤル指標からは、安いから買っているのか、好きだから買っているのかがわからないのです。
 ブランドにとっては、人々がどういう気持ちでその商品を買っているのかが非常に大事です。これしか飲みたくないから買っているのか、それとも、たまたま安売りしていたから買ったのか。そこには大きな違いがあります。

「目利き」「聞き耳」「死神層」

―― 先生は、今の消費者のタイプを「目利き」「聞き耳」「死神層」の3つに分けていますね。

 消費者間に情報格差が生まれてきていることをフレームにすれば、情報感度の高い人だけを持ってきた調査もできるし、情報感度の低い人たちを持ってきた調査もできる。目利き、聞き耳というのも、今まで見てきたような情報接触や情報に対する関心度合いから消費者をタイプ分けしたものです。ある商品をどのタイプの人が買っているかを見れば、ブランド力を見ることができるのではないか、という発想から出てきたものです。
 「目利き」というのは自分から積極的に情報を集めてほかの人にもその話をする人たちです。「聞き耳」は情報を集めますが、みんなが良いと言うものだったら使う人たちです。「死神層」というのは時代遅れで、商品のブームが終わった頃に買い始める人たちです。聞き耳と死神層の間にはもう少し層があると思うのですが、そういう人たちの構成比を見ることでブランド力を測定できますし、新商品の売上予測もできると考えています。

―― 目利きというのは、先ほどのインフルエンサーやコミュニケーション型生活者とは違うのでしょうか。

 違います。一般にインフルエンサーと呼ばれる人たちというのは、商品を買って人に影響を及ぼす人、つまりイノベーターでスピーカーの役割を持っている人たちです。私が言っている目利きは、商品を買わないけれど商品の価値がわかる人も含まれます。「これはいいと思う。だから買った」という人たち、「僕は買わない。でもこれは売れるね」という人たち、「僕は買う。でもこれはきっと売れない」という人たちも含めて目利きと呼んでいます。

―― 商品を買わなくても、それが売れるかどうかわかる人がいるということですか。

 あるビールメーカーと目利き、聞き耳、死神層の指標を使って共同研究をしたのですが、「ビールしか飲まない」という目利きに、新製品の発泡酒が売れるか聞いてみました。その結果、彼らの予測はほぼ当たりました。彼らは自分が体験しなくても、それが発売前に売れるかどうかがわかるのです。

―― 具体的にどういう形で予測しているのでしょう。

 目利きだけを抽出してパネルを作っています。この場合の目利きというのは、売れた商品を過去に何回も当てた人です。そういう人を1000人ぐらいネット上に抱えています。
 発売前にプレスリリースが出ますが、目利きにそれを見せるだけで、新商品が売れるか、売れないかがほぼわかります。方法は、新聞社や雑誌社に流すプレスリリースを目利きパネル1000人に一斉に流して、「これを読んで、あなたはこの商品が売れると思うか」「買いたいと思うか」などを聞くだけです。だから飲んでもいないし、商品も見ていない。パッケージの写真しか見ていません。

――どのぐらいの確率で当たるのでしょうか。

 数週間後、あるいは数か月後にシェアや棚をどのぐらい取ったかという数値と目利きの採点の相関は0.8ぐらいあります。初期の頃は0.9ぐらいあったのですが、事前調査で売れないと分かると、広告を多めに投入するなどし始めたので、最近は少し精度が悪くなっています。ただ、目利きが売れないと言ったモノは売れないというのは、ほぼ間違いありません。

―― そうした予測が、なぜ必要になってきたのでしょう。

 アメリカでも新製品の需要予測はあります。発売後13週間までのトライアルやリピート率を調べ、その後の需要予測をするもので、かなり精度が高いものです。しかし、日本のコンビニエンスストアで13週間棚にあったらヒット商品になってしまいます。売れないものは4週間でカットされてしまう。だから、短いタームで需要を当てるにはどうしたらいいかが求められるのです。目利きパネルは、それを発売前に当てようという試みです。

―― 目利きはインフルエンサーとは違うということですが、その点をもう少し詳しくお聞きしたいのですが。

 目利きの中には、従来から言われている先端の人たちが混在していると思っています。マスメディアから情報を得て、それを周囲の人に説得する役割を持っているオピニオンリーダー、先ほど言ったインフルエンサー、それから、マスメディアやネットから得た情報を特に自分で判断せず人に積極的に伝えるマーケットメイブン、その三者が混じっていると思います。
 どうしてそれがわかったかというと、実は目利きの調査をやっていて、彼らを選別するための判別式を作ったのですが、最初はなかなかうまく分けられなかったのです。それで、いろいろ分析した結果、目利きの中にいくつかのタイプがいるからだということがわかりました。
 ビール会社の例でいうと、「この商品は売れる」と判断できる人たちの中に“ビール系のオタク”、つまりいろいろな種類のビールを飲んでいて、過去の経験値からこれは売れると判断できる人たちと、ビールとは関係なく、いろいろなものに興味を持っている人たちが混在していたのです。前者はインフルエンサーですが、後者はオピニオンリーダーやマーケットメイブンのような情報通に近い層だったのです。その3つが混じっていたから、目利きの人とそうでない人を識別しようとしてもきれいに判別できなかったのです。

「聞き耳」のプロモーション効果

―― もう一方の死神層ですが、どういう人たちですか。大変インパクトのある言葉ですが(笑)。

 「この人が死神です」と言うのは対外的にははばかられますが、そのほうがインナーにはわかりやすいということで、「死神層」という言い方をしているんですね。その死神層というのは、情報感度が鈍い人たちで、何事にも無関心な人たちです。
 どんな商品でもだいたい1割くらいはいるのですが、この人たちの比率が増えると、既存商品もそろそろリニューアルの時期だというアラームが鳴っていることになります。
 死神っぽい人というのは、価格に敏感で、値引きに対する反応が高い人たちです。同時に、商品に対する価値観が硬直化していて、どの項目にも同じような回答が返ってきます。例えば、「ビールは苦みだ」と昔は言われましたが、この人たちに聞くと、いまだに「苦みが大事」と全員答えるような人たちです。

―― 特売のときだけその商品を買うチェリーピッカーとは、違うわけですね。

 安物買いが情報に無関心な人に多いということでは重なりますが、イコールではありません。死神層というのは、情報感度が鈍く評価基準がいつも同じなので、逆に一度その商品を気に入ると固定ファンになることもあります。ただ、価格に敏感な人たちなので、死神比率が増えるということは、値引きに頼った売り方が多くなっているということでもあり、それが結果的にブランド価値を損なうことにもつながるのです。
 値引きに反応し、価値基準が変わらないのが死神層の特徴だとすると、逆に、先端の目利きはそうではなくて、「これからは軽さだよね」とか、「キレだよね」とか、時代によってコロコロ価値観や商品の評価ポイントが変わります。それだけに、1つのブランドが先端を常につかまえていくのは非常に大変だということになります。

―― そういう目利きを企業は追いかけていかないといけないということですか。

 そうです。片方で目利きを追いかけて、片方で死神比率がどのぐらい上がっているかを見ていなければいけないと思います。既存商品については死神比率を見てリニューアルのタイミングを探り、新製品に関しては目利きを常に追いかけて開発する、という形が理想だと考えています。
 目利き、聞き耳でもう1つ大事な点があります。今の新商品は立ち上がり時期に思ったよりも売り上げが伸びないと、そこでメーカーはいきなり値引きをしてしまうことがあります。そうするとボリュームゾーンである聞き耳の人たちを飛ばして、商品に死神がついてしまうことがあるのです。
 目利きというのは、新製品が発売されて、それが自分の求めている価値を提供する商品なら飛びつくのですが、その次の聞き耳の人たちは、価格訴求ではないプロモーションに引っ張られることがわかっています。聞き耳というのは、大手メーカーの商品を買っていれば無難とか、みんなが良いと言うような商品を買う人たちです。
 しかも、その商品がカテゴリーの基本要素は満たした上で、特徴がある商品でなければついてこない。ビールなら、キレがあるとか、製法にこだわっているとか、そういう特徴が必要になってきます。ですから、立ち上がり時期に、聞き耳の人たちを引きつけるプロモーションも重要なのです。そうすることで、購入層が広がり、商品のライフサイクルも長くすることができると考えています。

―― 先ほどの話に戻りますが、プレスリリースを目利きパネルで調査して、これは売れないとわかったら、どうするのですか。

 発売予定は変えられませんから、工場の稼働率を下げます。その分、ロスを減らせます。あるいは、広告をさらに投入すれば目標値まで行くかもしれません。その辺は経営判断になると思います。
 それから「目利きパネル」の使い方としては、他社の新製品のプレスリリースを調査にかけ、ライバルメーカーが売れるとわかったら、先手を打てるということもあります。

―― そこまでの対応が必要だということですか。

 消費者が変わってきているなら、企業もそれに対応しなければならないということだと思いますね。消費者同士で情報をシェアすることが進んでいくと、目利きもどんどんブラッシュアップされていく。そういう意味ではおもしろい時代になってきたのではないでしょうか。
 ただ、売れないものは何をやっても売れません。広告会社と一緒に行った研究ですが、広告の効果測定のシステムを作るために広告の量と質を掛け合わせて試行錯誤した経験があります。しかし、どうやってもうまくいかない。それで、そこに商品の評価を入れたら、だいたい当たるようになった。つまり、商品が良いという前提条件があって、初めてプロモーションや広告が生きるということなのです。

「トッポ」は何に似ているか

―― 最近、その商品力のポイントが変わってきたということはあるのでしょうか。

 あると思いますね。これまで話してきたこととは違う観点で取り組んだ研究があります。商品が消費者の頭の中で同じカテゴリーのどのブランドと近いところに分類されるかというソフトの開発で、すでに実用化しています。基本的な手法は「振り分け法」で、まず、商品を一度に見せて、この商品は何と同じグループになるか分けてもらうんですね。
 人によってグループの作り方が違うわけです。たとえば、ロッテの「トッポ」というお菓子がありますね。あれはほかのチョコレート菓子で何に似ていると思いますか。

――「ポッキー」、ですか。

 「ポッキー」と思った人は、チョコレートの関与度がそんなに高くない人です(笑)。関与の高い人は、「コアラのマーチ」と答えるんですよ。中がチョコで、外側がスナック。どういうことかというと、関与の高い人は食感でグルーピングしているのです。チョコレートに興味のない人は形状でしか分けられないんですね。
 人が商品を分ける基準というのは、商品を評価するポイントですから、そういうことを探っていくことも今後は重要になってくるわけです。

―― そこから見えてきた商品力のポイントというのは?

 今言ったような手法で商品をグループ分けした時に、既存のメジャーな商品のグループに入ってしまう新商品はダメなんです。なぜかというと、人というのは新商品を見たとき、無意識に既存商品の何に近いかを考えるからです。
 既存のメジャーな商品と一緒になった場合を「完全一致」、全然違うところにいった場合を「完全不一致」、何となくどこかの近くにいった場合を「適度な不一致」と言うのですが、この適度な不一致が実は一番いいポジションなのです。
 つまり、一歩先を行く商品は売れないが、半歩先を行く商品は売れるという話と同じです。人は、半分理解できて、半分理解できないモノを好む傾向があります。全部理解できると「もっと安いモノを買おう」、全然理解できないと、「これは私の欲しいモノじゃない」と思ってしまうんですね。だから適度な不一致のポジションをどうやって作っていくかということが大事なのです。サブカテゴリーを作っていくというのも、その1つの方法です。
 逆に、完全一致を狙った売り方もあります。ポジションを確立した商品と競合していく場合は、まったく同じポジションにして価格で勝てるようにするという考え方です。例えば、台所用洗剤はほとんどが緑色です。別にピンクでも、オレンジでも、何色でもかまわないはずですが、あれはトップブランドが緑色だからです。消費者は、「似ているんだったら安いのでいいや」と思うのです。

新聞広告の続きは店頭へ

―― 日本では商品の品質格差が少ないということが、そういうシビアな商品戦略を考えなければならない要因になっているのでしょうか。

 それもあると思いますが、「適度な不一致」という考え方はアメリカで言われ出した考え方ですから、商品のポジショニングということでは似たような状況があると思います。ただ、日本の場合は消費者の情報格差が大きくて、情報を持っている人は企業以上に持っている。そういう意味では、昔よりも商品選択の基準が厳しくなっています。

――そういう人たちに対して、どういうコミュニケーション戦略やプロモーション戦略をとればいいのでしょうか。

 最近は、新製品をマス広告で認知させ、検索サイトからPCやモバイルのキャンペーンサイトへ誘導する手法が一般化していますが、全ての商品がそれでいいとは思わないですね。
 これも06年の日本新聞協会の調査で、新聞広告の次にどういうメディアに触れたら、買った商品に一番満足するかを調べたことがあります。
 その結果は金融商品が顕著で、新聞広告を見た後にインターネットに行くと満足度が低くなったのです。一番満足度が高かったのは、新聞広告を見た後、店頭に行くパターンです。なぜかというと、たとえば新聞広告で投資信託の広告を見て、それを買おうと思って、インターネットで「投資信託」というキーワードで検索すると、他社の投資信託も出てくる。「手数料が安いのはどこだ」みたいな話になっていくわけです。
 ところが店頭に行くと、「お客様の場合でしたら半分は投資信託、半分は外貨預金にしたほうがリスクが低くなりますし、お得です」と、自分が知らなかった情報まで教えてくれる。結果的に、新聞広告からネットより、新聞広告から店頭のほうが満足度が上がるのです。今は何でも「続きはネットで」ですが、「続きは店頭へ」と言うべき商品もあるということです。その結果、満足すれば人にしゃべりたくなりますし、ブログに書かれる可能性も高まるのです。

―― 店頭では、今後、どのような視点が必要だとお考えですか。

 流通の分析もいろいろやっているのですが、値引きで買うと商品に対するコミットメント、愛着度が大きく下がるということがあります。以前は、値引きはロイヤルティーが下がると言われていたのですが、先ほど言ったようにロイヤルティーというのはあくまで、何回続けて買ったというような行動の指標ですから、コミットメントとは別の話です。情報格差が広がっている時代だからこそ、本当に好きで買ってくれる人をどうつかむかが大事で、コミットメントを下げずに商品を売る工夫が今後は重要になると思います。
 そういう意味で、うまいプロモーションを行っているのが「ハーゲンダッツ」です。例えば、流通が「本日アイスクリーム2割引」というようなプロモーションを行うときに、ハーゲンダッツだけはそれに乗らない。それでほかが定価になったとき、単独で少しだけ値引きをする、というようなことをするんですね。
 また、日本のメーカーなら、いかにいい牛乳を使っているかを宣伝しがちですが、そういうこともこれまでほとんどやらなかった。消費者の中に牛乳は安いものだ、という意識があることをわかっているんですね。
 先ほどのブランドの振り分け法をアイスクリームでやると、プレミアムアイスクリームと言われているようなほかのどのブランドとも、ハーゲンダッツは一緒にならないのです。つまり、ハーゲンダッツは「ハーゲンダッツ」という商品なのです。そこまでいくと強いですね。

日本発のマーケティングへ

――今後、マーケティングは、どういう方向に進むべきだと思いますか。

 これまでのまとめになりますが、やはり、消費者の情報格差というところから出発して、企業も広告戦略や商品戦略を考えなければいけない時代になってきていると思います。その時、消費者の意思決定プロセスをベースにすることは、新しいマーケティング戦略の大きなヒントになります。その一端が、目利きを需要予測に活用する方法であり、死神層をリニューアルのシグナルにしようという試みです。

――マーケティングが難しい時代になってきたとも思いますが。

 大変ですが、逆に言えば、今の変化をわかろうとしている人たちにとってはチャンスの多い時代ではないでしょうか。大企業でも、今の地位にあぐらを掻か いているところは逆転される時代だと思いますね。
 これまで企業価値、企業ブランドの調査をしたことがあるのですが、それを大きく左右するのが「企業の歴史」です。企業の歴史がプラスに作用するかマイナスに作用するかで、企業ブランドの総合点が大きく変わるのです。
 企業の歴史がマイナスに作用する場合というのは、「古くさい」というニュアンスでとらえられた場合です。逆に、プラスに作用するのは、「伝統がある」「信頼がある」と受け止められた場合です。その違いは何から生まれるかというと、実は新しいことをやっていると「伝統がある」「信頼がある」と企業は受け止められるのです。
 要するに、常に新しいことにチャレンジすることが、企業価値を高めることにもなるということです。そういう意味では、消費者の意思決定プロセスの変化をベースにした新しいマーケティングも、企業がチャレンジすべき課題の1つだと思います。また、それは今後、日本にしかできないマーケティングになっていくはずですし、情報格差や高齢化社会に対応したマーケティングは、アジアが大きな市場となった時に、その教科書にもなると思うんですね。
記事作成:2009 April

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