「感性アナライザ」が変えるマーケティングの概念

2017.07.21

慶應義塾大学理工学部 システムデザイン工学科 准教授 満倉 靖恵 氏

慶應義塾大学理工学部 システムデザイン工学科 准教授 満倉 靖恵 氏

1999 年徳島大学工学部知能情報工学科助手。02年岡山大学情報教育コース専任講師。05 年東京農業大学大学院助教授。07年同准教授。11年から慶應義塾大学理工学部准教授。信号処理、機械学習、パターン認識、人工知能、統計処理などの技術を用いて、生体信号や音声、画像から必要な情報を抽出する研究に従事。現在は脳波と画像を中心に研究を行う。
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 脳の反応を計測することで消費者心理や行動の仕組みを解明するニューロマーケティングが注目されて久しいが、装置を取り付けるのに時間がかかったり、脳波の測定にノイズが紛れこみやすいという欠点があった。脳波の周波数の組み合わせから人の感性を読み取ることでこうした問題を解決したのが、慶應大学理工学部の満倉靖恵准教授だ。マーケティングにイノベーションを起こす最新研究についても聞いた。

──「感性アナライザ」についてお聞きする前に、最近、どんな研究をされているのか教えてください。

 今取り組んでいるのは、生体信号や画像、音声から必要な情報を抽出する研究です。
 人は脳波だけでなく、心臓が拍動すれば心電、体を動かした時は筋電などさまざまな生体信号を発します。その生体信号を計測して、そこから法則を見つけ出し、情報を読み取る研究をしています。特に脳波に関する研究は、「好き」「興味」など感性を読み取る研究を行っていて、「感性アナライザ」という形で製品化するところまできています。
 「画像」では、家庭でも簡単にプロジェクションマッピングができるシステムの研究を行っています。

── 東京駅の丸の内駅舎が改装された時にやりましたね。

 通常のプロジェクションマッピングは大がかりで、費用も何百万円もかかります。それを家庭でもできるシステムを開発しています。
 プロジェクションマッピングというのは、建物だけでなく、樹木や鞄、なんでもいいのですが、凹凸がある物体に映像を映し出す技術です。これをするために何が必要かというと、物体の凹凸を瞬時に見分けて、凹凸に対応する映像を映し出すということをしなければならないんですね。これを瞬時に行うというのは結構大変なんです。
 「音声」では、たとえば、複数の人の中で誰が今しゃべっているかを瞬時に判定するというような研究を行っています。

── 会議の発言を聞き分けるということですか。

 特にテレビ会議では誰がしゃべっているかわからないことがあります。それが自動判別できれば、その人の音だけ強調するように制御することもできますし、リアルな会議でもマイクを自動的にその人に向けることができるようになります。
 それから、現状のロボットに「ちょっと来て」と言っても、来てもらえません。そうするためには、誰がどこでしゃべっているかという認識が必要なんです。
 そういう技術に、人の感性を読み取る技術を組み合わせれば、呼ばれている人のところへ行き、その人が今、怒っているか、悲しい気分でいるかを判断して、その気分に応じたリアクションができるロボットができるわけです。

── 相手の気分はどうやって読み取るのですか。

 たとえば心拍や脈を読み取るセンサーを腕に着け、非接触でロボットが読み取るというようなことを考えています。
 どの研究にも共通しているのは信号解析です。どんなものからでも「波」が出ています。例えば、今私がしゃべっている声は音波になってマイクにとどき、A/D変換(アナログ/デジタル変換)されてICレコーダーに記録されています。映像も光ですから波です。どの研究も、その波を解析したり、そこから意味を抽出するということをやっている、ということなんですね。

脳波の周波数の組み合わせで人の感性を読み取る

──「感性アナライザ」は“脳波”を解析しているということですか。

 そうです。製品化した「感性アナライザ」は「興味」「好き」「集中」「ストレス」「眠気」の5つの指標を1秒ごとにオンライン解析できます(図1)。

感性アナライザは脳波測定ヘッドセットを使って測定した脳波から感性を分析し,タブレットなどにリアルタイムで感性情報を表示させるキット。測定器からPCやタブレットに無線で情報を送ることで、「興味」「好き」「集中」「ストレス」「眠気」の5つの感性を1秒おきに測定できる。

── 脳波から、どうやって感性を読み取っているのでしょうか。

 たとえば「ストレス」を測る時は、被験者に小豆の移動をやってもらいます。30センチ離れたトレイからトレイに、小豆を箸でつまんで移動してもらう。最初のうち人は「集中」するのですが、続けていくうちにそれが「ストレス」に変わる。その間の脳波を測ると同時に、それをやっている様子をビデオ撮影し、実際の状況と脳波とをマッチングさせてデータを貯めていき、その中から意味を抽出するということをやっています。「ストレス」状態にある時に、人はどういう脳波を出しているか探っているわけです。

──「感性アナライザ」は、脳波の何を解析しているのでしょうか。

 脳波の周波数の組み合わせで見ていこうというのが、私の研究の要になっています。脳波には、熟睡している時に現れるδ(デルタ)波、起きている時の人の脳波に現れるθ(シータ)波、α(アルファ)波、β(ベータ)波、などがあるのですが、人間の脳波というのは周波数にするとだいたい0〜30ヘルツの間に収まります(図2)。
 よくα波は集中している時に出ると言われます。α波は7~14ヘルツの範囲とされていますが、調べると、集中している時にその周波数帯の脳波が出る人は20%に満たなかったのです。実際は、いろいろな周波数の脳波が同時に出ている。それで、その時出ている周波数の組み合わせで見ていくともっと的確に、脳波の意味がわかるのではないかと思ったんですね。

── 脳波の組み合わせというのは、どういうことですか。

 例えばですけど、4、6、7、8ヘルツの周波数が多い時に「眠い」ことがわかれば、逆に「眠気」を測定する時は、4、6、7、8ヘルツのみをピックアップして見ていけばいいわけです。

── 同じような研究をしている人はいるのでしょうか。

 いません。研究を始めたのは1999年からですが、実際やってみると、例えば、「ストレス」の周波数の組み合わせはこれだと特定するのは、そう簡単ではありませんでした。そのため、かなりの数の実験を重ねてきました。その結果、測定できるものは現在17に増えていますが、その中でも納得度が高い「興味」「好き」「集中」「ストレス」「眠気」の5つを選んで製品化したということなんです。今は、世界中から問い合わせがきますね。

── どの程度の納得度があるのでしょうか。

 納得度でいうと8割以上はあります。ストレスは9割ぐらいの納得度があります。

── 脳波の測定は、まばたきしてもノイズになるから、実は意外に難しいといわれていましたが。

 ノイズは出ます。ですから、逆に人がまばたきする時どんな信号を出しているか解析して、それを除去しています。今は頭を振っても測定できるくらいになっています。

「好き」は持続するが「興味」は一瞬で変わる

──「感性アナライザ」など脳波測定装置を使った実際の調査もやられていると思うのですが、どんなことが見えてきたのでしょうか。

 企業との個別の調査内容については言えませんが、これまで依頼された調査で面白いと思ったのは、日本の企業と欧米の企業では知りたいことが違うことです。日本の企業は、お客さんが「何が嫌か」を知りたがる。嫌な部分を排除して良くしようという考えです。欧米の企業は逆で、「何が好きか」などポジティブな点を知りたがります。それで、「感性アナライザ」のほかに、「嫌度」「ストレス度」「不快度」など否定的要素を専門に測る「ネガティブアナライザ」も作っています。
 よく聞かれるのは「好き」と「興味」はどう違うかということです。好きは、いつも好きなんです。私はプリンが好きですが、どんな時でもプリンは好きです。でも、ちょっと身体がだるいと思ったときに、「ヨーグルトが食べたい」と思う。それが「興味」です。体調によって変化するのが「興味」なんですね。同様に、「嫌」はいつも「嫌」ですが、「ストレス」は出る時もあれば出ない時もあります。

── 味は測れるのですか。

 人が「甘さ」を感じている時の脳波もわかりますが、結果はほぼ同じです。人によって違うのは「おいしさ」です。だから、「おいしいですか」と聞かなくても、脳波計を着けて食べてもらうと、「あっ、おいしいと思ってるな」とわかってしまう。

── ということは、被験者が嘘をついてもわかるということですか。

 わかります。それから意図的に嘘をつくということではなく、調査会社に依頼されている被験者は、お金をもらって協力するわけですから、やはり回答にバイアスがかかる。「感性アナライザ」で測定すると、「興味」に関しては全然違う結果が出ます。
 それから「好き」「嫌」というのは通常の調査とあまり変わりませんが、いくつか商品を見せた後に、「どれが印象に残っていますか」と聞く場合があります。興味は瞬時に上がったり、下がったりしますから、通常のアンケートでは正確な答えは返ってこないと思います。

脳波でジャンル分けするとまったく違う分類に

── 脳波を調べることでリサーチの考え方が変わる気がしますね。

 脳波の組み合わせで「好き」「興味」は定義されています。逆に言うと、例えば「やみつきになる味」も定義次第では調べることができます。マーケットリサーチに使う場合は、何を調べているか、感性や感情の定義付けが重要です。
 それから「ニューロカム」もマーケットリサーチという意味では面白い使い方ができると思います。「感性アナライザ」とWi-Fiカメラ、iPhoneを連動させたもので、興味が60%以上あるところを自動的に録画するというものです(図3)。

「感性アナライザ」とiPhoneの動画機能を組み合わせ、興味が60%以上のところを自動録画する「ニューロカム」

── この装置をつけて、コンビニやスーパーの店舗を歩いたら面白そうですね。自分の心を覗いているようで変な気もしますが。

 そうですね。でも、このiPhoneを私が持っていれば、その人の心が見えることになりますね。

── 脳波を感知してその時の気分に合った曲を流してくれるヘッドフォンがありますね。

 電通サイエンスジャムと一緒に作った「mico」ですね。あれは100曲以上の音楽を100人くらいの人に聞いてもらって、その時の脳波を取ったデータをもとに、その時の脳波と曲をマッチングさせるという仕組みです。

── 脳波で分類したジャンル分けと音楽のジャンル分けとはイコールではない?

 既存の音楽ジャンルというのは、人間の都合で分けた分類です。“脳波ジャンル”で分けると、まったく違う分類になります。マーケティングで言われている既存のジャンルやカテゴリーも、脳波で分けると、まるで違って見えると思いますね。
記事作成:2015 October

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