五感に訴えれば無意識に人は動く

2017.07.21

東京国際大学商学部 准教授 平木 いくみ 氏

東京国際大学商学部 准教授 平木 いくみ 氏

早稲田大学商学部を卒業後、日本長期信用銀行を経て早稲田大学大学院商学研究科へ進学。2006 年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。明治学院大学経済学部講師(任期付)、早稲田大学招聘研究員などを経験し、12年から現職。専門は消費者行動論、マーケティング。
(所属・役職等は取材時点のものとなります。)

 音楽や香りが消費行動に影響を及ぼすことは以前から知られていた。その範囲を五感すべてに広げ、消費者の知覚・判断・行動に影響を与えようという試みが「感覚マーケティング」だ。感覚刺激に対して消費者は無意識で反応する。だからこそ、一つ一つの事例が売りのヒントに直結する。その感覚マーケティングの研究に日本でいち早く取り組んでいる一人が、東京国際大学の平木いくみ准教授だ。

── 先生が研究されている「感覚マーケティング」とは何か。わかりやすく説明していただけますか。

 私たちは、ほとんど意識することなく何らかの感覚刺激の影響を受けています。例えば、温かい飲み物を手に持っているとき、人は見知らぬ人に対しても親しみを感じやすくなります。また、交渉するとき、柔らかい椅子に座っている人は相手の提案に応じやすくなります。

── 人を説得したいときは、柔らかい椅子に座らせた方がいいということですか。

 そうなんです。柔らかさは“柔軟さ”に、硬さは“頑固さ”に結びつくんですね。それで、柔らかい椅子に座って話を聞くと態度が柔軟になって相手の交渉を受け入れやすくなり、硬い椅子に座ると意思が強固になるのです。
 それから、カレー屋やうなぎ屋の前を通りかかると、その匂いで急に食べたくなることがよくあります。私自身も食品スーパーの店頭でポン酢の香りを流し、非計画購買がどのくらい増えるか実験をしたことがあります。すると、ポン酢だけでなく、白菜や肉など鍋の材料の購買まで促進されたのです。
 広告でポン酢を売ろうと思ったら、消費者を振り向かせる工夫が必要ですが、ほとんどの消費者は感覚刺激を抵抗なく受け入れます。こうした無意識の刺激の力に注目して、感覚刺激で消費者の知覚・判断・行動に影響を与えていこうというのが、「感覚マーケティング」です。

人間の無意識の感覚に焦点を当てる

── 広告でも、冷えたビールをグラスの水滴で強調したり、ステーキのジュージュー焼く音を強調する「シズル感」が大事だと以前から言われていますね。

 広告だけでなく、消費者の感覚に訴えてモノを売っていこうという考えは以前からありました。高級車のドアは重厚な開閉音がするように作られていますし、店頭のBGMや食品の実演販売、試食もそうした施策です。しかし、「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」の五感すべてに注目して「感覚マーケティング」として体系的に研究されるようになったのはつい最近、2000年以降です。
 ミシガン大学のアラドナ・クリシュナ教授がそのパイオニアです。クリシュナ教授は「情報処理パラダイムでは説明できない現象をとらえようとする挑戦的な研究分野こそが、感覚マーケティングである」と述べています。

──「情報処理パラダイムでは説明できない現象」というのは、どういうことですか。

 これまでは図1の青線のような形で消費者は情報処理していると考えられていました。目や耳などの「感覚レジスター」は、単に情報の入り口に過ぎなかったのです。クリシュナ教授が言っているのは、感覚レジスターで受け取った刺激がそのまま消費者を動かすこと(赤い点線の経路)があるということです。

── 消費者を知るためにアンケートが行われてきましたが。

 アンケートも消費者を知る重要なツールですが、アンケートで収集できるのは消費者が意識していることだけです。「感覚マーケティング」が焦点を当てているのは、無意識の感覚です。五感それぞれ、あるいはそれが複合的に知覚・判断・行動に与える影響を実験を通して明らかにする。さらに、実務へのインプリケーション(示唆)、つまり、どうやって具体的に五感に影響を与えればいいのかを示すことが「感覚マーケティング」が目指す大きな目的です。

「感覚マーケティング」のパイオニア、アラドナ・クリシュナ教授による入門書。有斐閣刊。日本の感覚マーケティングの研究者である平木いくみ、石井裕明 、外川拓3氏による翻訳

消費者の購買行動の多くは視覚に依存する

── これまでの研究でどんなことがわかってきたのか。「視覚」から具体例を紹介してもらえますか。

 クリシュナ教授が感覚マーケティングに興味を持ったきっかけに「直線距離バイアス」があります。仕事場からある建物まで一つはほぼ直線、もう一つは少しジグザグの二つの道があった。二つの道を書いた地図を同僚たちに渡すと、実際の距離は変わらないのにほとんどの人がジグザグの道を通る。クリシュナ教授は、その疑問から直線距離バイアスの着想を得ます。
 人は直線距離というわかりやすい特徴を手掛かりに推論を行うため、始点と終点の直線距離が短いほど時間がかからないと感じるのです。また、地図で見るより実際の道を歩いたときの方が直線距離バイアスが強くなることも研究で明らかになっています。銀行のATMのジグザグ通路は、まさにこの直線距離バイアスを利用したもので、知覚時間を短くする有効な方法だと言えます。
 それから、入っている水の量が同じ細長いグラスと寸胴のグラスがあるとすると、消費者は細長いグラスを量が多いと感じます。人は内容量を高さで知覚するからです。最近、価格すえ置きで量を減らす商品が多いですが、パッケージの工夫で量が減っていない感覚を持たせることが可能だということです。
 面白いのは、二つのグラスで水を飲んだときの感想です。今度は寸胴のグラスを量が多いと感じます。

── どうしてですか。

 実際に飲んだら細長いグラスはそれほど多くない、寸胴のグラスは意外に多いと感じるからです。消費者の購買行動の多くは視覚に依存しますが、視覚に基づく判断が常に正しいとは限らないということです。

音楽でターゲティング・香りでブランディング

──「聴覚」の実験にはどんなものがあるのでしょうか。

 あるワインレストランでクラシック音楽とポップ音楽を流して実験を行ったところ、クラシック音楽を流したときの方が使う金額が多くなった。また、ドイツ音楽を流すとドイツ産のワインが、フランス音楽を流すとフランス産のワインが選択されやすくなるという結果も出ています。BGMで消費者の選択をある程度方向付けられるということです。
 それから、BGMはターゲティングにも有効です。その人が20代半ばのときに流行した音楽がもっとも好感度が高いという研究もあります。タ−ゲットが好む音楽を流せば、店舗に好印象を持ってもらえます。
 逆の使い方をしているのが、アメリカのファッションブランド「アバクロンビー&フィッチ」です。意図的に大音量のBGMを流し、若者以外の客層を店から遠ざけています。

──「嗅覚」、香りは先生の研究分野だと聞いていますが。

 香りが記憶と深く関わっていることは、よく知られています。五感の中で嗅覚だけは大脳辺縁系という本能を司る脳にあります。その匂いを嗅いだ瞬間、その場にいるべきか、危険かどうかといった判断をするために嗅覚は発達してきたからです。
 香りは記憶に残るという特性を利用して、自社を象徴する独自の香り「コーポレートセント」を作り、店内やロビー、待合室などでその香りをさりげなく流す企業があります。ウェスティンホテルでは「ホワイトティー」という独自の香りを開発しています。部屋のペンに至るまで香りを染みこませて、それを持って帰らせるのです。そうするとリピート率が上がるのです。また、日本航空は空港の自社会員専用ラウンジでオリジナルの香りを流しています。利用客がリラックスできる空間を提供するだけでなく、日本航空のラウンジでしか嗅ぐことのできない香りで、日本航空のブランドを無意識に認知させているわけです。

── 香りの記憶はどのくらい残るものなのでしょうか。

 香り付き鉛筆の実験があります。まず、実験参加者に新製品の鉛筆をサンプルとして渡し、鉛筆の10の特徴が書かれた広告を学習するという状況が設定されます。実は鉛筆には「香りなし」「属性の香り付き(鉛筆っぽい匂いを強調した)鉛筆」「ユニークな香り付き鉛筆」の3種類があり、各グループの5分後の記憶を、24時間後、2週間後の記憶と比較しました。結果は図3の通りで、ユニークな香り付き鉛筆の2週間後の記憶維持率がもっとも高かったのです。当たり前の匂いよりユニークな匂いの方が記憶に残るということです。
 この実験の注目すべき点は、学習時の記憶が香りと関連付けられると、香りのない状況でも記憶が十分に再生されるということです。
 最近は新聞折込広告やDMに付けられる匂い付きシートや香りのカプセルも開発されています。そこにブランド独自の香りをつければ、店舗やブランドサイトへの誘因につながると思います。

他の感覚の影響を受ける味覚・商品評価に影響が大きい触覚

──「味覚」については、どんなことがわかってきたのでしょうか。

 味覚の大きな特徴は、他のさまざまな感覚器官の影響を受けることです。例えば視覚と味覚。通常のオレンジジュースと無味無臭の着色料で赤みを増したオレンジジュースでは、後者の方が「より甘い」と評価されます。また、別の研究によると、高く盛り付けられたチャーハンはそうでないチャーハンに比べ「おいしい」と判断されます。
 次に聴覚と味覚。ヘッドフォンを装着してもらい、ポテトチップを食べるサクサクという音を強調したグループと低減したグループを比較すると、前者の方が「おいしい」と評価する傾向が見られます。
 触覚と味覚で面白いのは、ミネラルウォーターの実験です。硬いコップで飲んだ方が柔らかいコップで飲むよりおいしく感じるという結果が出ています。高級ワインをプラスチックのコップで飲んでもそれほどおいしくないということです。

── 最後は「触覚」ですが。

 触覚は、視覚に次いで商品評価に影響があると言われています。海外の食品スーパーで行われた調査では、接触をうながす内容のPOP広告を設置しただけで、消費者の非計画購買がうながされたという結果が出ています。また、別の研究では、消費者が商品に接触しながら評価を下した場合、接触せずに評価を下した場合に比べ、推定価格も高くなり、所有意識も高まるという報告もされています。商品への接触は購入の可能性を高めるということなのです。

──「感覚マーケティング」は、いずれの知見も極めて示唆的で、実践的な気がしますね。

 いずれも、消費者のリアルな反応だからだと思います。「感覚マーケティング」が生まれた大きな背景としては、商品のコモディティ化があります。技術革新のスピードが速まり、商品の機能的な差別化が難しくなった。それで消費者の主観的な価値に焦点を当てることで、他社にない価値を生み出そうとしてきた。それが経験価値という考え方です。では、どうやったら消費者が喜ぶような価値を作れるのか。その一つの方法が、消費者の無意識の反応を探る「感覚マーケティング」のアプローチだと思います。
記事作成:2016 November

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